ジョー・バイデン前米副大統領が久々に公の前でスピーチをして、「私はがんを克服する大統領になりたかった」とコメントをした。そこで気になるのが、がんの治癒を目指す「ムーンショット計画」の行方だ。
計画に携わっている人によると、ドナルド・トランプ米大統領も計画の内容自体には肯定的だそうだ。バラク・オバマ前大統領の施策を、オセロゲームのように次々と裏返しにしているが、がん克服計画は生き延びそうだ。ただし、「ムーンショット」という名称がそのまま残るかどうかは疑問視されている。
キーワードは「がん検診」「プレシジョン医療」「標準医療を超えた医療」
私も、今週・来週の講演会では「がんの治癒を目指す」ことをテーマに話をする。今は、がんと診断されても約半数が10年間生存=治癒を期待できる。この50%を70%にすることは、それほど難くはないと考えている。
国の政策をひと捻りすれば、実現可能な数値だ。あえて、国の施策といったのは、研究者が個々の研究に精を出しているレベルではなく、国家として取り組まなければ、この数字の達成は難しいからだ。
キーワードは、がん検診・プレシジョン医療・標準医療を超えた医療への取り組みだ。
今回紹介したいのは、標準医療をどう乗り越えるかだ。抗PD-1抗体(ニボルマブ=日本ではオプジーボと呼ばれることが多い)は腎臓がんでも承認されたが、分子標的治療薬が効かなくなった、あるいは、副作用で治療継続が難しくなった患者さんに対してだけしか投与できない仕組みになっている。
臨床試験も、多くの場合、標準的な治療が尽きた患者さんしか登録することができない。自分の意思で抗がん剤治療・分子標的治療を拒否した患者さんは、臨床試験を受けることもできず、自費診療で治療を受ける道しか残されていない。公的機関では、標準治療を拒否すると、その病院での診療を継続することも難しくなる。
科学的思考で自らのがん治療の選択を
『患者よ、がんと闘うな』(文春文庫)の著書で知られる近藤誠がん研究所所長・近藤誠氏の影響で、日本では標準的な抗がん剤治療を拒否する患者さんは10%を超えているようだ。これでいいのか疑問は大きいが、逆の観点で考えると、これらの患者さんは、免疫細胞のダメージがないため、免疫療法の恩恵を享受できる可能性が高い。
科学的な考察をすれば当然の帰結なのだが、「標準療法」に命を懸けている医師の多くは、この単純な科学的思考を受け入れることができない。メディアも無責任に抗がん剤治療を批判するのではなく、そろそろ自ら対案を示したらどうかと思うのだが、日本のメディアは、国会の野党と同じように批判することを生き甲斐にしている人が多く、手遅れになってしまう患者を生み出している自らの瑕疵には至って鈍感だ。
勉強した上で抗がん剤を受けない選択をした患者さんたちも、それではどんな治療法を受けたいと考えているのか、自ら考えていく必要がある。
近藤氏の言う「がんもどき論」は、現在の科学的知見からは逸脱している。がんは放置すれば、早晩、死につながる。闘わない選択は、死を受け入れることに等しい。闘わない選択をしても、痛みや苦しみに我慢しきれず、その時点で闘いを始める患者さんたちもいるが、ボヤであれば消える火事でも、燃え広がれば家を失う可能性が格段に高くなるのと同じで、がん細胞が千億個になってからでは勝てるはずがない。
抗がん剤を受けたくない患者さんたちは、是非、自ら、がんとの闘いに勝てる方法を模索してほしいと思う。
(文=中村祐輔/シカゴ大学医学部内科・外科教授兼個別化医療センター副センター長)
※『中村祐輔のシカゴ便り』(http://yusukenakamura.hatenablog.com/2017/0314)より転載
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