国家的な不名誉――ドナルド・トランプ米大統領は10月26日、鎮痛剤の乱用による薬物中毒の拡大をこう呼び、公衆衛生の緊急事態を宣言した。米国では「オピオイド」と呼ばれる鎮痛剤の中毒で、毎日140人が死亡しているという。
トランプ大統領は、「1日に薬物の過剰摂取で死ぬ人数のほうが、銃による殺人や自動車事故の被害者の合計よりも多い」と指摘。その中毒死のほとんどは、オピオイド系鎮痛剤の使用が急増していることが原因だと述べている。
トランプ大統領によれば、「オピオイド系薬の1人当たり使用量は、世界のどの国よりもアメリカが圧倒的に多い」という。
最近も、アメリカの一流誌『Journal of the American Medical Association(JAMA)』に<ヘロインやオキシコドンといった『オピオイド系鎮痛薬』の過剰摂取を原因とした死亡率は3倍以上に上昇し、余命を縮める要因となるかもしれない>という論文が掲載された。
この研究はCDC国立傷害予防対策センター(NCICP)のデボラ・ドウェル氏らが実施したもの。2000年および2015年の死因別の死亡者数と死亡率を調べた結果、平均余命は76.8歳から78.8歳に延びていたが、薬物やアルコールなどの中毒による死亡率(人口10万人当たり)は6.2人から16.3人に増加。
なかでもオピオイド中毒による死亡率(同前)は、3.0人から10.4人へと劇的に増加しており、これによって米国民の平均余命は2.5カ月間短縮したことがわかった。
身近にある「オピオイド系鎮痛薬」の副作用
多くの人はオピオイド系鎮痛薬と聞いても、あまり馴染みがないかもしれない。体内にある「オピオイド受容体」に働きかける薬や物質のことをまとめてそう呼ぶ。簡単にいうと、麻薬の一種(麻薬性でないものもある)で、強い痛みを和らげる効果がある。このオピオイドが含まれる薬は、私たちの身近に数多くある。
たとえば、腰痛に代表される整形外科領域での痛みに対しては、「非ステロイド性抗炎症薬」や「アセトアミノフェン系」、または「オピオイド系」が処方されることが多い。それぞれに商品名があり、非ステロイド性抗炎症薬は、おなじみの「ロキソニン」や「ボルタレン」などだ。
オピオイド系で代表的なものは「トラムセット」だが、名前を聞いたことがある人はすくないかもしれない。オピオイドを含む薬剤ではあるが、非麻薬性だ。
トラムセットは「非ステロイド性抗炎症薬」や「アセトアミノフェン系」では効果がない腰痛――たとえば、なかなか痛みが取れない重度や慢性化している腰痛患者に対して処方されることが多い。
トラムセットには先述の「アセトアミノフェン」が配合されており、複数の痛みの回路に対して働きかけるため、より効果が強いとされている。ただし、当然ながら処方する医師が利用量を調整し、適切な量を処方している。
オピオイド系の鎮痛薬にも当然、副作用があり、「吐き気、かゆみ、嘔吐、便秘」から始まり、ひどい副作用だと「呼吸抑制、錯乱や精神障がい」が生じると明記されている。
また、オピオイド系の鎮痛薬には強い中毒性があることも特徴だ。トラムセットは非麻薬性のオピオイドなので「中毒性はない」とされるが、医師や薬剤師が適切な量を処方するのは極めて重要なのだ。
日本では、まだオピオイド鎮痛薬は市販薬としてほとんど出回っていない。しかしながら、それが今やさまざまな薬を海外のサイトや非公式なルートを通して手に入る時代だ。オピオイド鎮痛薬を「痛みが取れる」と、勝手な判断で過剰に摂取し続けるとどうなるだろうか。
そこで冒頭の報告に戻る。強い鎮痛作用を求めて、オピオイド鎮痛薬を飲み続け、中毒になり、結果として寿命が短くなってしまう可能性があるのだ。
痛みを取る方法はほかにもある
日本でも今後、オピオイド系鎮痛薬の入手が簡単になれば、アメリカのように中毒者が増える可能性は十分にある。それを避けるためにはどうしたらよいだろうか。
ひとつは、慢性的に生じている疼痛への対処を、薬に頼らないことが挙げられる。「慢性疼痛」には、いくつもの有効な手段のエビデンスが世界中で報告されている。
たとえば、運動は慢性疼痛に対して一定の効果があることがわかっている。また、ヨガや瞑想も慢性疼痛には効果的である。それらには当然、副作用はない。
「痛みが強い」「症状が長引いている」……。このような場合でも、効果の高いといわれる薬に安易に手を出してはならない。薬が入手しやすい社会だからこそ、強い作用のある薬を飲み続ければアメリカのように「オピオイド中毒」が増え、日本人の健康は損なわれる危険性がある。医師や薬剤師のアドバイスをきちんと受け適切な量の投薬を守ることと、投薬だけに頼らない“痛みへの対策”が必要だ。
(文=ヘルスプレス編集部、監修=三木貴弘)