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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

コロナ:入院制限は無茶苦茶、犠牲者増加の懸念…なぜ国立病院機構・JCHOに受入要請しないのか

文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長
コロナ:入院制限は無茶苦茶、犠牲者増加の懸念…なぜ国立病院機構・JCHOに受入要請しないのかの画像1
「首相官邸 HP」より

 新型コロナウイルス(以下、コロナ)の感染拡大が止まらない。8月2日、東京都・沖縄県に加え、大阪府・神奈川・埼玉・千葉県に緊急事態宣言が発令され、さらに全国知事会は、ロックダウン(都市封鎖)の法定化を求める緊急提言を政府に提出した。多くの有識者が、感染拡大を阻止するには人流抑制が不可欠と主張し、このような施策を支持している。

 私は、このような論調に違和感を抱いている。それは、感染者が少ない日本で、規制を強化する合理的な理由が分からないからだ。図1は主要先進国の感染者数の推移、表1は各国の死亡者数、デルタ株が占める割合、検査数を示す。

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 図1を見ると、英国を除く主要先進国で感染者数は増加していることがわかる。ところが、日本のように規制を強化している国はない。例えば、フランスは6月から外国人観光客の受入を再開した。7月中旬には、ワクチン接種か、検査陰性の証明が必要だが、エッフェル塔なども運営を再開した。

 米国は州ごとに状況は違うが、ニューヨーク州の場合、6月15日に集会や人数制限、社会的距離の確保、清掃・消毒などの規制が緩和された。8月3日、ニューヨーク市は、レストランやバーなど屋内施設を利用する場合、顧客や従業員に対してワクチン接種証明を義務付けると発表したが、これは、ワクチンさえ打っていれば、飲食店は通常どおり営業できることを意味する。緊急事態宣言下で、飲食店に対して、科学的な根拠なく営業の停止等の厳しい規制を課す日本とは対照的だ。

 なぜ、こんなことになるのだろうか。それは、日本のワクチン接種が遅れているからだ。7月25日現在、2回接種を終えた人は日本では人口100人あたり26人で、主要先進国では断トツに遅い(表1)。

 では、デルタ株にワクチンはどの程度効くのだろうか。確かに、従来株と比較して、デルタ株に対するワクチンの効果は低い。7月22日、イスラエル政府は、感染予防効果は39%と発表した。ただ、入院や重症化は88%、91%予防している。ワクチンを打っていれば、感染するが重症化はしない。これが、デルタ株の感染が拡大しても、海外で規制緩和が進む理由だ。

 もちろん、このやり方が冬場の本格的な流行期に通用するかは不明だ。イスラエル、英、米、独、仏など多くの国で、免疫を強化するため、3回目の追加接種が進んでいる。ファイザーによれば、2回目の接種から6カ月後に3回目の追加接種を受けた場合、抗体価は5~10倍程度増加するらしい。同社は7月8日に3回目の追加接種の承認を米食品医薬品局(FDA)に申請する方針を明かした。このあたり、初回接種が進まない日本とは雲泥の差だ。

 日本も早急にワクチン接種を進めるべきだが、世界中で3回目の追加接種が始まり、ワクチン需要が高まっている。ワクチン確保は容易でない。これが、日本で集団接種が遅れている理由だ。ワクチンの早期承認、確保に失敗した厚労省の責任は重い。

国立病院機構やJCHOの存在理由

 実は、厚労省の問題は、これだけではない。感染拡大による入院患者の増加を受けて、8月2日、政府は感染者の療養方針の見直しを決めた。ポイントは、従来は軽症患者でも医師が判断すれば入院が可能であった入院の要件を、重症患者や重症化リスクの高い人に限定したこと、および従来は、無症状者・軽症者は原則として宿泊療養だったのを、原則として自宅療養としたことだ。8月3日の読売新聞によれば、「自宅療養に備え、血中酸素濃度を測る『パルスオキシメーター』の配備を進め、重症化のおそれをつかみやすくする。医師の往診に伴う診療報酬を上乗せし、療養者の症状をきめ細かく把握する」らしい。

 この記事で重要なのは「パルスオキシメーター」という単語だ。知人の政府関係者は、「重症の判断をパルスオキシメーターによる酸素飽和度95%以下等を要件として、保健所が入院の要否を判断させている」という。第五波では、若年層の患者が多く、彼らは体力があるため、自宅での療養が可能と判断したのだろうが、これは滅茶苦茶だ。酸素飽和度95%は、すでに肺での酸素交換が障害されていることを意味するからだ。若年者といえども、一部の患者で肺炎は急速に進行し、時に致死的となる。コロナ以外の通常診療なら、酸素飽和度が下がれば、若年者でも、入院を念頭に治療する医師が大半だろう。このような運用がなされれば、コロナ感染だから、医療を受ける権利が阻害されることになる。

 さらに、これは違法である可能性が高い。知人の弁護士は、「感染症法は、感染抑止と患者の治療のため、強制入院の権限を知事に付与していますが、これは、その目的のためには、入院を行うべき義務を自治体に課すものでもあるので、医療体制を構築できず、医療の供給統制のため、入院基準を感染抑止と患者の治療以外の要素で絞りこむのは、裁量権の逸脱濫用で違法になります」という。

 この方針変更は、「医系技官の幹部が主導した」(厚労省関係者)といわれているが、彼らには患者切り捨てより先にやるべきことがある。

 それは、国立病院機構や地域医療機能推進機構(JCHO)などに、患者の受入を要請することだ。現在問題となっている患者は、在宅でも療養できる人たちで、やる気さえあれば、どんな病院でも受入可能だ。ICUでの集中治療管理が必要となる重症患者ではない。

 実は、国立病院機構やJCHOが存在するのは、このような時に対応するためだ。JCHOの設置根拠法の第21条には、以下のような記載がある。

「厚生労働大臣は、災害が発生し、若しくはまさに発生しようとしている事態又は公衆衛生上重大な危害が生じ、若しくは生じるおそれがある緊急の事態に対処するため必要があると認めるときは、機構に対し、第十三条第一項第一号又は第二号に掲げる業務(これらに附帯する業務を含む。)に関し必要な措置をとることを求めることができる。

2 機構は、厚生労働大臣から前項の規定による求めがあったときは、正当な理由がない限り、その求めに応じなければならない。」

 国立病院機構も設置根拠法19条に同様の記載がある。このような公衆衛生危機に対応するためにという理由で、JCHOや国立病院機構には、平素から巨額の税金が支払われ、厚労官僚の天下りや現役出向を受け入れている。JCHOの理事長を務める尾身茂氏(コロナ感染症対策分科会会長)は元医系技官で、天下りの一人だ。

 このような組織は、常識では考えられない厚遇を受けている。JCHOは社会保険病院や厚生年金病院の後継機関だが、発足時に土地・建物は無償で供与された。そのなかには、飯田橋駅前に位置する東京新宿メディカルセンター、大阪市の福島駅最寄りの大阪病院なども含まれる。さらに、設立時には854億円の政府拠出金まで提供されている。コロナ流行以前の2018年度の財務諸表では、固定資産は3,395億円、資本剰余金は3,624億円で、無借金経営だ。法人住民税、不動産取得税は非課税で、固定資産税だけが一部課税されるだけだから、これで利益が上がらないはずはない。2018年度の経常収益は3,725億円で、当期純利益は21億円だ。2018年度、JCHOは理事長の尾身氏と4人の常任理事が在籍したが、このうち2人は厚労省の現役出向で、その年収は1,753万円である。

 JCHOや国立病院機構は、都内に複数の病院を運営する。JCHOの場合、5つの病院を保有し、総病床数は1,532床だ。国立病院機構の場合、3つの病院で1,513床だ。合計すると3,045床だ。

 私はすべての病床をコロナ病床にすればいいと思う。都内なら、このような病院が一般診療を停止しても、他の病院で対処可能だ。東京都の確保病床数は5,967床だから、大幅増となる。今回のような入院拒否をする必要はない。これに関しては、厚労省がその気になれば、対応する時間と法的権限は十分にあった。ところが、厚労省は何もしなかった。

入院要件の見直しの本当の理由

 なぜ、何もしなかったのか。私は、今回の入院要件の見直しの本当の理由が病床不足の解決ではなく、保健所の負担軽減にあったからだと考えている。

 コロナの治療は、患者を治すための医療ではない。日本社会を感染症から守るための防疫だ。濃厚接触者など感染の疑いがある人は、強制的に検査を受けさせられ、陽性の場合には隔離される。明治時代に成立した伝染病予防法を所管したのは旧内務省の衛生警察だ。その後、旧厚生省に移管され、1998年に感染症法に形を変えたが、その基本思想は同じだ。

 感染症法は人権侵害を伴うため、その過程は細かく法的に規定されている。たとえば、検査の主体は保健所で、陽性者は保健所が、感染症指定医療機関と調整して入院させる。濃厚接触者は保健所がフォローし、データは国立感染症研究所が一元的に管理する。

 これが、我が国の唯一無二のパンデミック体制だが、このような通常医療とは別の枠組で、コロナ対策を行っている先進国は、私は日本以外に知らない。海外は、基本的に一般診療の形で治療される。費用は医療保険を通じて支払われ、さらに、政府から補助金が追加される。通常の診療だからこそ、患者と医師、さらに保険者が合意すれば、融通無碍な対応が可能になる。海外でコロナの臨床研究が進むのは、このような背景があるからだ。

 ところが、感染症法でガチガチに規定された日本では、柔軟な対応はできない。逆に、そのことが関係者、特に医系技官、国立感染症研究所、保健所と公衆衛生専門家に利権をもたらしている。

 彼らにとってのボトルネックが保健所だった。感染症法はコレラや腸チフスなど局所的な流行を念頭においたもので、コロナのようなパンデミックは想定外だ。第一波で厚労省がPCR検査を抑制したのは、保健所が処理できなかったからだ。だからこそ、彼らは医療機関で実施可能で、保健所に負担を与えない抗原検査を推奨した。

 第五波で保健所の問題となるのは、入院調整、ホテル療養への対応だ。東京都によれば、8月4日現在、3,399人が入院、1,813人が宿泊療養、1万4,783人が自宅療養中で、1万4,783人が入院・療養などを調整中だ。さらに毎日約4,000人の新規患者が生まれている。保健所がパンクするのは時間の問題だ。

 入院のハードルを上げれば、入院調整の負荷は大幅に削減される。一方、ホテルはガラガラだから、ホテル療養を増やせばいいものを、今回は原則として自宅療養として、医師会に在宅診療を丸投げした。こうすれば、ホテル療養での保健所の負担も軽減される。そこに患者視点はない。

 ところが、公衆衛生関係者は、このような無理筋を擁護する。8月3日のNHKニュースに登場した公衆衛生を専門とする大学教授は「新型コロナウイルスに感染した人の中には、呼吸の苦しさをあまり感じないまま肺炎が進行し、急激に症状が悪化する人が一定数いることが分かっている。自宅で容体が悪くなった人を把握し、いち早く医療につなげられるかが課題だ」、「地域のクリニックでも健康状態のフォローアップを担ってもらうなど、医療体制を地域で組む必要もある」と発言している。こんなことが机上の空論であることは、医学生でもわかる。

冬の流行本番での混乱必至

 その後、この問題は全国から批判の声があがった。8月4日に開催された自民党コロナ感染症対策本部・ワクチン対策PT合同会議では、政府に入院制限の撤回を申し入れることを決めている。そして、尾身茂・コロナ対策分科会会長は、事前に相談がなかったことを明かし、菅総理は「(尾身氏への相談がなかったことを)いま初めて聞いた。厚生労働省で必要な相談をすべきだったと思う」とコメントしている。

 総選挙前の支持率低下を心配した自民党が政府に圧力をかける形で、入院制限の議論は継続されることとなった。ただ、問題の根幹は、そこではない。入院制限が見直されても、我が国のコロナ対策は迷走を続けるだろう。

 問題の本質は、患者無視で、国家の防疫を最優先した厚労省・感染研・保健所による体制にある。この体制では、パンデミックには対応できないことを認識し、今こそ、ほかの先進国と同じく、患者の健康を最優先し、現場での自律的な調整が可能な医療を中心とした体制に変革すべきだ。そうでなければ、冬の流行本番で、日本は多くの犠牲者をだし、さらなる混乱に陥ることは必至である。

(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。
医療ガバナンス研究所

Twitter:@KamiMasahiro

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