薬局には「売るほど薬がある」と数々のお客様から言われてきました。薬屋さんが売るための薬を数多く取り揃えているのは当然のことです。しかし、売るための薬であって、自分自身が使える薬ではないのです。この倫理観があるからこそ、長い間、薬局薬剤師をやってこられたのです。この薬ですが、現在多くの薬局で「争奪戦」になっています。
争奪戦もコロナの影響
当初、中国でよくわからない肺炎が起こっているとニュースになり、「コロナウイルスとやらが原因か?」と話題になっていました。その頃、よくわからないウイルスに恐怖を抱き、私たちはテレワークという名の在宅ワークをやるようになりました。業種にもよるのでしょうが、「行かないとできない」ことがどうしてもあるのです。
薬局薬剤師は薬局に行かないと仕事になりません。薬は薬局の中で保管をしなくてはならないからです。薬局内の過密を避けるために、A班B班に分かれて交代で勤務をしていました。ただ、全体の業務量は変わらないのに、人員が半分になって作業をすることになっていたのです。どんなにがんばったところで人間一人ができることはたかが知れています。全体の作業は滞り、患者さんからは「遅い!」と怒られていました。
その一方で家にいても何もやることがないため、とりあえず「e-ラーニング」を視聴して時を過ごしました。現在は薬局薬剤師も「エッセンシャルワーカー」として認識されてきているため、そこまでの人員コントロールはありません。
実は薬の製造に携わる人たちにも影響が出ています。「工場で薬をつくっているのに?」と思うかもしれませんが、人の手が多数かかっています。原薬の製造→輸送→品質チェック→輸送→製薬会社による製造→品質チェック→輸送という工程があります。さらにいうと、原薬を入れるポリタンクをつくる人、ラベルをつくる人など、いろいろな人が薬をつくるのに必要です。
この工程のどこが欠けてしまっても、薬は私たちの手に届かないのです。これらのすべての過程において、人が必ず介在しています。特に輸送においては完全に人間がいないとできません。品質チェックにおいても最後は必ず人間の目を通します。
多くの薬が海外の原薬メーカーから原薬を輸入してつくられているため、輸入がうまくいかないと何も始まりません。日本のコロナはそれでも「この程度」で済んでいますが、外国はとんでもない感染者数になり、ロックダウンや渡航禁止が行われています。ロックダウンにより出勤者が減ります。出勤者が減れば、それだけ全体の作業量は減ります。つまり仕上がりが遅いのです。渡航禁止により輸入ができないということが、薬で起こっています。さらにいうと、「自国民のため」に薬をキープして輸出制限をかけていたことなども重なって、需要に供給が追い付いていないということが起こっています。
もう一つ追い打ちをかける事件
福井県の製薬会社「小林化工」が製造した爪水虫の治療薬に睡眠薬の成分を混入させて、2名が死亡するという事件が起こりました。水虫の薬を飲んでいるだけなのに、睡眠薬を飲まされている状態でした。しかも常用量の2.5倍です。薬は決められた用量を飲んでいれば、効果が出てかつ安全性も保たれます。しかし、2.5倍は「うっかり2個飲んじゃった」以上の量です。
この薬の服用者では、意識障害や交通事故といった例が多数報告されました。製薬会社は買ってきた原薬をもとに、より薬効を発揮しやすい形、より飲みやすい形に変えて、添付文書を同封して出荷しています。この事件を受けて、小林化工が製造した薬すべての信頼が失墜し、他メーカーの薬へ切り替えをせざるを得なくなりました。
有名な製薬企業が小林化工に製造を委託しているケースも多く、その影響は大きくなりました。日本の巨大工場が一つ潰れてしまったといえます。このため、他メーカーへの注文が殺到してしまい、需要と供給のバランスが崩れてしまいました。このバランスは、一度崩れると戻るのに時間がかかります。例の「マスク不足」を思い出してみると、いかに大変かがわかると思います。今回はマスクではなく「薬」です。需要が増えたからといっても、生産は追いつかないのです。マスク以上に安全性の確認を何度も何度も行います。その分の人手はどこからやってくるのでしょう?
わたしたち薬局薬剤師はこの「小林化工事件」のことにあえて触れないようにしています。必要以上に不安をあおってしまうのを恐れています。「一事が万事」ではないのですが、患者さんが「私の薬は大丈夫なのか?」と心配になるのは当然のことです。日本の薬は「GMP」という厳しい基準のもとでつくられていますが、これが守られていないことが公となり、何を信じていいのかわからなくなります。
一度こういう事件が起こった以上、他メーカーはよりいっそう厳しい基準を課さないと薬を送り出すことができなくなりました。こうした厳しい基準をくぐり抜けて、今ここに薬があるということを信じてほしいと思います。そして争奪戦である以上、この限られた薬を手に入れるために私たち薬局薬剤師が日々奮闘しているということも付け加えておきます。
(文=小谷寿美子/薬剤師)