賃貸住宅の“異常な”更新料、なぜ不払いでも大丈夫?家賃値上げも拒否して問題なし?
もちろん、そんな事態には発展しない。今回は、その理由を詳しく解説しておこう。
第一に、借地借家法第26条に規定されている法定更新は無条件で成立するものであり、更新料を払った場合のみ有効になるような性質のものではないということ。
借地借家法は強行規定(契約によって変更できない法規)のため、もし店子に不利な特約(例えば、「2年間は家賃の減額はしない」など)が付いていたとしても、それは無効になるのが大きな特徴だ。つまり、契約条件に関係なく、満期を迎えても店子がこれまでと同じ家賃を払い続けてさえいれば、自動的に契約は更新されることに変わりない。
借地借家法26条には「満了の1年前から6月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知をしなければ」という前提条件があるものの、その通知によって更新を拒絶するには「正当な事由」(借地借家法28条)が必要とされており、その「正当な事由」はよほどのことがない限り認められない。
これによって、例えば大家から「来年から家賃を2倍に値上げするけど、嫌なら出ていって」と言われた場合でも、「出ていきません」と店子は堂々と言えるわけで、とかく弱い立場に立たされがちな店子を保護するために設けられている法律なのである。
この法定更新が無条件で成立する以上、更新料は大家と店子がお互いに条件に合意して、新たな契約を締結したときに初めて有効になるというのが本来の解釈である。
ただし、更新料の請求権そのものについては、契約書で具体的に金額や支払い義務が明確に記載されていて、なおかつその額が常識外れに高額すぎなければ有効という判決が出ている(2011年7月15日最高裁判所判決)。しかしこの判決は、「消費者の利益を一方的に害する更新料は、その存在自体が違法で無効ではないか」(実際に、更新料無効の判決がいくつか出ている)という訴えに対して、「一定の要件を満たしていれば有効」との判断を示したにすぎず、更新料に特別法的な位置付けが与えられたものではないのである。よって、厳密には大家に訴えられて敗訴する可能性がまったくないとはいいきれないが、それは単に「法定更新でも、更新料は請求できる」というだけのことにすぎず、決して「更新料を払わないと退去を命じられる」というような話ではない。
もし、このとき最高裁で「更新料は無効」との判決が出ていたら、貸金業における過払金返還請求のごとく、過去に払った更新料までもさかのぼって返還請求する訴訟が相次ぐことで、賃貸業界は存亡の危機に直面したに違いない。
家賃交渉は店子有利?
第二に、大家サイドにとって更新料の請求は、常に店子側からの家賃交渉がつきまとうため、店子のペースに陥りやすく、結果としてうまくいきにくい。
借地借家法に関する紛争は、民事訴訟を提訴する前に簡易裁判所で調停を経ることになっている。店子が家賃の減額を要求する場合も、大家が店子に更新料を要求する場合も同様だ。調停の申し立てをすると、民間の調停委員が両者の間に立って交渉をまとめてくれる。
もちろん調停委員の提案に対し、どちらかが「ノー」と言えば交渉は決裂して本訴訟に移行することになるが、その半面、一度合意した内容は判決と同じ効力を持つ。
家賃減額の調停では、交渉をまとめたい調停委員が大家サイドに譲歩を強く迫る傾向があり、多くの大家は出席したくないのが本音だろう。従って、もし大家から更新料を請求されたら、店子は「その前に、こちらが要求している家賃改定交渉のテーブルについてください。家賃改定でよく話し合い、お互いに合意に達したら契約書に署名捺印して更新料はお支払いします」と言えばよいのだ。
前回記事で述べた、家賃を下げない代わりに更新料をあきらめてもらうか、それとも更新料は通常通り払う代わりに家賃を下げるか、そのどちらかを選択するしかない事態に大家を追い込むとは、こういうカラクリになっているのである。
大家に訴えられるのが心配な人は、家賃減額要請の文書を送付するだけでなく、こちらから先手を打って、簡易裁判所に調停の申し立てまで行っておくとよい。調停申し立てにかかる費用は数千円で、簡易裁判所に行けば申請書類の書き方も丁寧に教えてくれる。拙著『家賃を2割下げる方法』(三五館)に調停申立書の記載例を掲載しているので、調停に持ち込みたい人は、そちらも参照していただきたい。
また、店子から調停を申し立てた場合、大家によっては「法的措置を取られた」と怖気づいて尻込みして、それまでかたくなに拒否していた家賃の減額をあっさりのんでくるケースも結構ある。申し立てるだけで相手を多少なりとも威圧できるのが、調停のメリットなのである。
更新料はいずれなくなる?
最後に、更新料不払いをしても問題ないという最も大きな理由としては、賃貸住宅の世界がここ数年で貸し手市場から借り手市場へと大きく変貌を遂げ、大家と店子の立場が逆転していることが挙げられる。
意外に思われるかもしれないが、都心部に人気物件を抱えていない限り、「更新料はどうしてももらわないと困る」と考えている大家は多くないのではないか。なぜならば、大家にとって、空室リスクこそが一番の頭痛のタネで、家賃暴落や高額修繕費負担のリスクがそれに続き、礼金や敷金、更新料などの問題は、それらに比べると優先順位は高くないはずだからである。そもそも、更新料は大家の収入になるとは限らない。実際には、管理している不動産会社が契約事務手数料として、その一部もしくは全額を徴収しているケースも少なくない。
店子の要求に応じて家賃を下げるくらいなら、更新料はあきらめて、そのまま住み続けてもらったほうが得なはずだ。2年に一度更新料を取るから、引っ越すと言い出す店子が出てくるのであって、いわば更新料は寝た子を起こすことになりかねない。それよりも、長く住み続けてもらいたいというのが、いまや多くの大家の本音になっているのではないか。
サブリース会社が大家に家賃保証をして貸主となっているサブリース物件の場合、礼金なし物件が年々増えている昨今、丸々サブリース会社の取り分となる更新料は貴重な収益源といわれているが、それも風前のともしびとなっている。礼金と同じく、将来的にはいずれ絶滅していくだろう。
郊外にワンルームのアパートが雨後のたけのこのごとく増殖していた人口増加時代、大家にとっては、長く住んでもらうよりも、短期間で新しい人に次々と入れ替わってもらったほうが、そのつど敷金や礼金を取れたために有利だった。短期間で出ていってもらうためにできたその更新料という悪しき慣習がいまだに続いていること自体が、異常であるといえよう。
例えば、携帯電話の契約で2年に一度多額の費用負担が発生するとしたら、あなたはどうするだろうか? 2年ごとに他社に乗り換えて、キャッシュバックなどの制度を利用するのではないか。それと同じく、借り手市場に変わった賃貸住宅の世界でも、「更新料を払うくらいだったら、フリーレント付きの物件などに引っ越したほうがマシ」なのは、あらためていうまでもないことである。
(文=日向咲嗣/フリーライター)