日銀総裁会見、初の生配信にみる、金融当局と市場のデリケートな関係~なぜ大幅円高に?
黒田総裁が述べた言葉はこれまでと同じだったとしても、声のトーンや表情がはるかに雄弁に、総裁の「心中」を伝えていたのだろうと思う。日本経済はデフレ脱却に向かっている、よって追加緩和は必要ない。黒田総裁の、その確信度の強さを伝える「生放送」となったのである。
●金融当局と市場のコミュニケーションの難しさ
しかし、この会見を「生」(ライブ)で見ていた海外のディーラーやトレーダーがどのくらいいたのだろうかという疑問もわく。円高はロンドン~ニューヨークともっぱら海外市場で進んだことから考えると、海外の外国人ディーラーは生放送を見てはいないだろう。だが、彼らが触れる「一次情報の発信者」の伝え方に強烈なバイアスがかかったのだと思われる。実際に僕も「日銀総裁、追加緩和に否定的」「追加緩和期待を一蹴」などの速報記事のヘッドラインを目にした。そして、本稿でも冒頭で「黒田総裁は『現時点では考えていない』と言明した」と断定的に書いた。ニュートラルな表現では「述べた」と書けばいい。それでもついつい「言明」といってしまう。それだけのインパクトを受け手に与える会見だったということである。
実は似たような出来事が、米国でも起こっていた。イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長の初登板となった3月の米連邦公開市場委員会(FOMC)は、フォワードガイダンス(中央銀行が金融政策の先行きを明示する指針)を見直すとして、失業率の目標を撤廃した。そこまでは市場の想定通りだったが、サプライズは委員会後の記者会見だった。量的緩和縮小後、利上げまでの期間を尋ねられたイエレン議長は、「6カ月くらいかしら」と言ってしまい、具体的な「時期」への言及に市場は大きく動揺。株は売られ、金利は急上昇したのだった。
かくもコミュニケーションは難しい。「生」でのやりとりとなると一層難しさが増す。ちょっとしたニュアンス、表現の機微、その受け止め方が、すれ違いを生むきっかけになり得るからだ。恋人同士でもよくある話だろう。まして、金融当局と市場とのコミュニケーションとなればなおさらである。
本連載タイトル『僕にも言わせろ』の通り、言わせていただく。金融当局と市場との対話はナーバスだ。特にライブ会見には注意が必要。目は口ほどにものを言うのだ。
(文=広木隆/マネックス証券チーフ・ストラテジスト)