いつの時代も若者たちの視線の先にはアイドルがいる。
特に1980年代は「アイドル全盛の時代」ともいえるアイドル熱が日本全体を包んでいた。
80年代の代表的なアイドルといえば、松田聖子さんと中森明菜さん。その2人に続く人気を集めていたのが小泉今日子さんである。
1982年3月に『私の16才』でデビュー。同期には中森さん、早見優さん、堀ちえみさんら錚々たる顔ぶれで、その豊作ぶりは「花の82年組」という言葉を生んだ。そして小泉さんは歌手だけに留まらず、女優としても活躍。近年ではNHK連続テレビ小説『あまちゃん』の演技が話題を呼んでいる。
80年代に絶大なる人気を誇ったアイドル・小泉今日子。そんな小泉さんに当時、命を捧げる少年たちがいた。彼らは「親衛隊」と呼ばれる組織を形成し、お揃いのはっぴにはちまき姿でコンサートやイベントに顔を出し、歌に合わせて独自の「コール」を叫び、場を盛り上げた。
「親衛隊」は私設ファンクラブで、その規模の大きさが各アイドルの人気を計るバロメーターになっていた。そのため、事務所公認の親衛隊もあり、アイドル本人が参加する「お茶会」が開かれたり、他のアイドルの親衛隊との間で小競り合いが起きたりすることもあったという。
ただ、親衛隊は少年たちにとっての「居場所」であり、青春を賭ける場所だったのは間違いない。
■実話をベースにした小泉今日子「親衛隊」の少年たちの物語
小説『オートリバース』(高崎卓馬著、中央公論新社刊)は、小泉さんの親衛隊に入隊した2人の少年のすれ違いと友情を描く、書き下ろし青春物語である。
福岡から千葉に転校してきた中学生・橋本直は、同じ転校生の高階と出会う。校内暴力が吹き荒れ、家にも学校にも居場所がない。そんな中、売り出し中のアイドル・小泉今日子と出会い、高階とともに親衛隊に入隊。居場所を見つけ、「小泉今日子を1位に」と息を弾ませるのだが、組織が拡大するにつれて暴走族のようになっていき――。
本作には特筆すべき点が2つある。
一つは、クリエーティブ・ディレクターである著者が、小泉さん自身からアイドル親衛隊との交流の話を聞き、当時の当事者にも取材をした上で、実話を基にして執筆しているということだ。
作者は小泉さんから当時交流のあった親衛隊の少年との思いがけない別れの話を聞き、彼らの姿を残したいと小説にしたのだという。
もう一つは、80年代当時の文化や歌謡曲の歌詞が、物語のいたる場所に散りばめられている点だ。
例えば、直と高階が駅前のしょぼくれたゲームセンターでハマり込んだゲーム「平安京エイリアン」。女性アイドルファンがこぞって読んだ月刊グラビア誌『ボム!』(現在は『BOMB』という名前で刊行中)。『トップテン(ザ・トップテン)』『夜ヒット(夜のヒットスタジオ)』『ベストテン(ザ・ベストテン)』といったテレビ番組。
さらに、各話にはその舞台となる週の『ザ・ベストテン』のランキングが出てくる。当時リアルタイムで番組を見ていた読者は、物語とその頃の自分を重ねることだろう。
本書の刊行にあたり、小泉さんはこんなコメントを寄せている。
彼らの青春の中に私がいたこと。
当時の孤独も、怒りも、すべて引っくるめて懐かしすぎて泣きました。――小泉今日子
◇
1984年8月2日、その日放送された『ザ・ベストテン』で、小泉さんは番組で初めて1位を獲得。『オートリバース』においては、クライマックスの始まりを告げるモチーフとしてこの日のランキングが登場する。
「小泉今日子を1位にさせる」と意気込んで親衛隊に入隊したものの、隊のあり方に疑問を抱く直と、ただトップを目指し喧嘩に明け暮れる高階は、次第に疎遠になっていった。
そんな2人が有楽町の喫茶店で落ち合い、久しぶりに話を交わす。抱える問題を解決するために高階に縋ろうとする直だが、その別れ際、高階から真っ赤な血がとめどなく流れていることに気づく。
当時、青春時代を送っていた人はもちろんのこと、今、アイドルを追いかけている人も当時の親衛隊が抱いていたメンタリティや“推し具合”について共感できる点は多いだろう。
そして、青春はどこかで終わりを迎えるもの。2人にとっての青春の終わりと、大人として成長していく姿を、とくと味わってほしい。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。