「人は、誰もが一冊は本を書くことができる」とはよく聞く言葉だが、いざ書き出そうとすると、何を書いていいのか分からないという人がほとんどではないだろうか。
しかし、書いていくうちに、自分の見てきたもの、経験したこと、悩んだこと、苦しんだこと、そして楽しかった記憶があふれ出てくる。そして、その豊かな時間を過ごした半生を通して、伝えたいことがたくさんあると気づくのだろう。
53歳。人生の折り返し地点に立っている波留雅子さんは、「書かないといられなかった」という衝動からエッセイを執筆し、一冊の本を上梓した。
執筆中、「何で書いてるんだろう?」と自問したという。その自問に対する答えは「書かないといられなかった」から。そうして生まれたのが『ママ、遺書かきました』(幻冬舎刊)だ。
■50代になってから始まった「自分探し」の中で
本書はアラフィフ女性の等身大が詰まったエッセイ集。
目次を見ると、60個の四字熟語とその言葉に沿ったタイトルが並ぶ。そして、さまざまな四字熟語が織り成す珠玉のエッセイたちを通して、バブル時代に青春を過ごし、OLを経験し、家庭に入り、子育てにまい進してきた雅子さんの半生が書き綴られている。
父と姑を看取り、86歳の実母との暮らしを通し、少しずつ身近に感じてくる自分の「老い」と「死」。子どもが巣立っていった後の自分の人生に対する戸惑いもある。 そんな思いを抱えた雅子さんが、「ママそろそろ遺書用意しようかな。みんなに長い手紙書こうかな」と言うと、「いいんじゃない。早く書いてね。楽しみにしてるよ」と雅子さんの娘さん。そうして書かれたのがこの本だ。
40代まではずっと自分の役割をこなすことに忙殺され続ける。それは家庭に入った人も、仕事をしている人も同じ。雅子さんは「ゆっくり自分の良さを生かした花を咲かせることは難しい」と振り返る。
しかし、50歳を超えて、家庭も仕事も一段落すると、自分自身やこれからについて考える余裕が出てくる。そのときに改めて「やりたいことって何だろう?」「自分ってどんな性格だっけ?」と自分探しを始めるのだ。
■悩みを力に変えて、流れに逆らい続けろ!
今、私たちは新型コロナウイルスの感染拡大から、大きな不安の中で生活することを余儀なくされている。ただ、その中でも大事なことが2つある。
一つは、どんな状況においても生きている限り自分の人生は続いているということ。もう一つは、年齢を重ねる過程において私たちが悩むことは、変わらないということ。
では、そうした悩みをどう乗り越えていくのか。雅子さんは本の中で次のようにつづっている。
若い女性はそこにいるだけで美しい。でも私たちは下りのエスカレーターに乗っている。立ち止まっていては下ってしまう。だから悩みも逆境も力に変えて、流れに逆らい登り続けて行くしかない。(p.77-78より引用)
「じっとしているのは性に合わない私たち」と言ってエールを贈りつつ、自分自身も猪突猛進に突き進んでいこうとする雅子さん。この本はそんな雅子さんが醸し出すパワーに溢れている。
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娘3人息子1人の子育てや、姑、両親との同居、三世代の暮らし、親の介護、魅力的な女友達、幅広い職歴、料理の話など、小気味好いテンポで話題が繰り広げられる。
今までの人生を振り返りながら、これからの人生を想う。そんな雅子さんの姿に、多くの女性は共感を抱くはずだ。そして、「あ、これは自分も思ったことがある」「こういうとき、こう考えればいいのか」という発見やヒントが見つかるはず。
雅子さんと同じアラフィフ世代の女性をはじめ、幅広い世代の女性に元気を分けてくれる一冊だ。
(新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。