迷走する貿易戦略〜“司令塔なき”多国間との経済協定交渉乱立で、企業に混乱の懸念?
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これにより、日本は7月以降のTPP交渉に参加できることになった。兎にも角にも、安倍政権が巧妙なのはTPP問題を参院選のテーマにさせなかったことだろう。通常国会は6月26日に閉会し、参院選は7月4日公示、21日投開票というスケジュールだ。
TPP交渉は7月15〜25日の間、マレーシアで行われるが、日本がTPP交渉に参加できるのは、23日から。この日は、「米国が他国と新たに通商交渉を始める時は、90日前には米国議会に報告しなければならない」という、いわゆる「90日ルール」により決まったといわれている。参院選後のTPP交渉参加となったことで、TPPが参院選のテーマとならなかったことは、安倍政権に追い風となった。
参院選でTPPがテーマにならなかったからといって、TPP問題が決着したわけではないが、本当の問題は、日本が現在TPP以外にもさまざまな国と自由貿易協定の交渉に入っているにもかかわらず、国内の議論がなぜかTPPのみに集中していることにある。
3月末には日本・中国・韓国(日中韓)FTA(自由貿易協定)の第1回交渉会合が開催された。4月15日からは日本とEU(欧州連合)のEPA(経済連携協定)交渉が開始された。5月にはASEAN(東南アジア諸国連合)の10カ国と日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの周辺6カ国のEPAであるRCEP(東アジア地域包括的経済連携)交渉がスタートする。つまり、日本にとって今世紀最大の自由貿易・経済連携協定の交渉が動き出している。
当然のことながら、各協定では参加各国の市場開放が目標となる。加えて、貿易や投資に関するルールづくりが行われる。そこでは、自国の有利になる条件を獲得できるかどうかが焦点になる。その上、現在はTPP、日中韓、日EU、RCEPと複数の協定交渉が同時進行の状態にある。
複数の交渉が進められている中で、各交渉で異なるルールづくりが行われれば、日本企業はそれぞれの協定ごとに違ったルールを順守しなければならなくなり、協定締結のメリットを大きく損なうことになろう。このため、政府は各交渉で整合性の取れたルールづくりを進める必要がある。同時進行する交渉で共通化されたルールを導入することができれば、日本企業にとっては大きなメリットとなり、新たなビジネスチャンスが生まれる。
しかし、安倍政権には各貿易交渉を統括してコントロールし、交渉を日本にとって有利な方向に導いていく組織も考え方もない。つまり、安倍政権は貿易交渉には積極的であるが、その交渉における戦略を持っていないということだ。
こうした状況のまま、TPPを含めた各貿易交渉を締結させていけば、それは将来の日本にとって、必ずや大きな問題を抱えることになる。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)