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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

ラグビーW杯決勝、イギリスの植民地だった南アが強豪国である人種構成的理由

文=篠崎靖男/指揮者
ラグビーW杯決勝、イギリスの植民地だった南アが強豪国である人種構成的理由の画像1
ラグビー南アフリカ共和国代表(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

 2週続けてラグビーの話題になりますが、ワールドカップの決勝戦が、イングランド対南アフリカとなったので、書かないわけにはいきません。と言いますのも、僕にとってとても縁がある2国だからです。どちらが勝っても嬉しいし、どちらが負けても悔しいのです。

 今から10年くらい前ですが、イギリスを本拠地にしていた時に、初めて南アフリカのオーケストラから指揮を依頼され、ロンドン・ヒースロー空港から南アフリカに飛びました。

 イギリスと南アフリカの時差は2時間しかなく、飛行機はほとんど南向きに下りて進んでいきます。北半球の偏西風と、赤道を越えたあとの南半球の偏西風を横切るために、二度大きく揺れる機体の中でひと眠りしたら、早朝のヨハネスブルク空港に到着しました。

 僕にとって初めてのアフリカ大陸です。さすがに空港の外にシマウマや象が歩いているとは思いませんでしたが、初めての国に対する不安と期待が入り混じりながらゲートを出たところ、そこで僕を迎えに現れたのが、今も大親友のヨハネスブルク・フィルハーモニー管弦楽団・オーボエ奏者のゲリー・ロバーツ氏でした。驚いたことに、イギリスなまりの英語で自己紹介されただけでなく、移動はイギリスの名車・ミニクーパーでした。ロンドンから出発したはずが、機内で寝ているうちに飛行機が引き返してしまったのかと錯覚しそうになりました。ちなみに、その後、僕は日本に帰国してから現在に至るまで毎年、南アフリカに通うことになります。

 ところで、このロバーツ氏の英語の綴りはRobertsですが、最後に“s”が付いている名前は、今回のワールドカップ準決勝で南アフリカに敗れたウェールズの人名です。たとえば、女優のキャサリン・ゼタ・ジョーンズも、苗字の最後に“s”を持ったウェールズ生まれです。ちなみに、アップル・コンピューターのMacintoshや、ファストフードのMcDonaldsのように、名前の最初にMacやMcが付いているのは、スコットランドやアイルランド系の名前です。

 ロバーツ氏の先祖はウェールズ系のイギリス人ですが、現在も南アフリカの各オーケストラにたくさんいる、イギリスから来た演奏家のひとりです。ホテルに到着し、彼とラウンジでイギリスの代表的カクテル、ジントニックを飲みながら横のテーブルを見ると、イギリス名物のアフタヌーンティーを飲んでいるご婦人もいます。スーパーに買い物に行けば、イギリスの昼食の定番のイングリッシュ・パイが並んでいます。

 イギリスと違う点は、南アフリカ名産の美味しいパパイアやマンゴ、南アフリカワインが豊富に並んでいることくらいです。パンまでイギリスと同じ四角い食パンです。食パンは、ほかのヨーロッパの国々にはないのですが、南アフリカでは薄い食パンにバターとジャムをつけ、ハムエッグや豆の煮ものや食べるイギリス風朝食スタイルです。ちなみに、イギリス食パンは南アフリカだけでなくアメリカに渡り、戦後のGHQにより日本にも広まったそうです。日本の子供の栄養失調を補うために、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって始められた学校給食も普及に一役買ったと思います。

 オーケストラもイギリススタイルです。リハーサルに長い時間をとり、じっくりと曲を理解していくのがヨーロッパ流なのですが、同じヨーロッパでもイギリス、特にイングランドのオーケストラは違い、少ない時間で楽譜を把握し、曲を演奏するスタイルです。ドイツのオーケストラが四苦八苦する難曲をあっという間に仕上げていくのはアメリカや日本のオーケストラも同じで、食パンを食べる国のオーケストラは素早く曲を仕上げていくわけです。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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