GoogleやAppleとLSDの深い関係 PCの誕生はヒッピーのおかげ?
第1回の冒頭で述べたように、スティーヴ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学卒業式のスピーチで引用したのが、コミューン生活に必要なツールを紹介し、今の“エコ”に通じるライフスタイルを提案していた雑誌「ホール・アース・カタログ」(以下、WEC)最終号の裏表紙に書かれた“Stay hungry. Stay foolish(ハングリーであれ、バカであれ)”という言葉だ。
同誌を68年に創刊したスチュアート・ブランドは95年、TIME誌に「サイバースペースへようこそ〜俺たちが今あるのはすべてヒッピーのおかげ」と題したエッセイを寄稿。それは、パソコンもインターネットもすべてカウンター・カルチャーが生み出したという主旨のものだった。
だが、“すべて”と断言できるほどその雑誌はコンピュータ・カルチャーの発展に寄与したのか? そもそもWECを編んだブランドとは何者なのか? そんな疑問を持った読者のために、まずは彼の生い立ちをひも解こう。
アメリカ中西部出身のブランドは私立の有名高校を出た後、56年にスタンフォード大へ入学し、生物学を専攻した。そこで地球は閉じたシステムであるというシステム理論的な視点を養ったが、当時の日記には「共産主義とはあらゆる手をつくして戦う」と綴っており、60年に同大学を卒業すると陸軍に入隊。空挺部隊の訓練を受け、軍のカメラマンとして働いた後、自らベトナム行きを志願した。しかし、それが叶わず62年に除隊するが、カメラマンとして行動するうちにアートに興味を持ち、ビート運動が興ったニューヨークやサンフランシスコのボヘミアンなシーンにコミット。サンフランシスコではアートスクールにも通い、デザインと写真を学んだ。
また62年、彼は前回(「「IT開発者はラリってた!?」PC開発とドラッグの深い関係」)詳述したマイロン・ストラロフの財団の実験でLSDを体験。その直後に興味を抱くようになったネイティヴ・アメリカンについて訴えるマルチメディアのプレゼンテーションを64年より行い、66年には作家ケン・キージーらによるアシッド・テスト(LSDを若者たちに体験させるイベント)を手伝うように。それは、同年にサンフランシスコで主催し、映像音声技術を多用したトリップ・フェスティバルで最高潮に達した。さらに、「宇宙船地球号」を唱えたデザイン科学者バックミンスター・フラーの講演に触発された彼は、LSDを服用しながらサンフランシスコの町並みを眺めていたある日、ビルが一直線に並んでいないことに気づいたという。
そこで、地球全体のイメージがあれば人間の位置が明確になってさまざまな物事を論じられると考え、まだ公にされていなかった「宇宙から見た地球の写真」の公開をNASAに求める運動を開始。そして、WEC創刊号の表紙に宇宙に浮かぶ地球の写真を掲載したのだ。
こうして彼はWEC創刊までにベイエリアの科学者、アーティスト、作家、ヒッピーらとのネットワークを築いたのだが、“ホール・アース”という着想を得たのは唐突に思えるかもしれない。『パソコン創世「第3の神話」』(NTT出版)の訳者・服部桂氏はこう話す。