日産でゴーン氏に次ぐNO.2で、日本人トップである志賀俊之・最高執行責任者(COO)が事実上更迭されたことに不快感を示す幹部が増えている。志賀氏は強烈なリーダーシップを発揮するタイプではないが、短期的な収益獲得に走り、地に足の着いた技術開発よりも派手なブランド戦略を好むゴーン氏に意見ができる数少ない役員だった。
例えば、ゴーン氏は、空洞化などは気にせずに円高局面では一気に生産能力を国内から海外へシフトさせようとしたが、志賀氏は「長い目で見て、日産の競争力の源泉は国内の工場や開発拠点にある」とゴーン氏を説得し、国内の基盤を残すことに腐心してきた。また、実力があっても英語ができないがゆえに外国人役員からは評価されにくい日本人幹部社員にも目配せし、登用の道を開くこともあった。志賀氏は、日本的経営とゴーン流の外資経営をうまく融合させてきた功労者である。
筆者はゴーン流の経営手法を完全には否定しないし、一定の評価を与えている。特に果断な決断とスピードある実行力には学ぶべき点がある。一方で、新車の開発から販売までは数年かかり、電子、化学、機械などさまざまな面で要素技術も磨いていかなければならない自動車産業は、「水商売」であるうえに、成果が出るまで時間を要する。技術と人材を自前でこつこつと育て、長期的な戦略で臨むほうが「果実」を得やすい産業であり、いわゆる日本的経営がマッチした産業でもあった。日本で自動車メーカーが11社もひしめき合っているのは、日本人の強みに合っている産業であるからにほかならない。
●ルノーと日産の“結節点”志賀氏の存在
日産が倒産寸前の経営状態から立ち直り、短期間の内に世界で競争できるメーカーに生まれ変わったのも、ゴーン流のスピードと実行を重視する経営と、工場や研究開発拠点で地道な努力を積み重ねる経営がうまく組合わされたからである。
日産の筆頭株主である仏ルノーが1999年、日産に出資したのは、日産が持つ技術や市場が欲しかったからである。国営企業だったルノーも日産と同様に経営難に陥り、ミシュランから引き抜いたゴーン氏が改革をして、日産よりも一足先に立ち直った。しかし、ルノーは依然として欧州市場中心のメーカーであり、環境技術などは弱いままであった。当時の日産は、技術力は高く、北米やメキシコなどにも大きな拠点を持っていたが、経営力が弱いために赤字が続く状態で、負債は膨れ上がり、これ以上銀行からの資金借り入れができないところまで追い込まれていた。そこにルノーが救いの手を差し伸べた。それは、ルノーが仏政府の信用力をバックに用意した資金やゴーン流の経営と、日産の技術力を交換する構図でもあった。
筆者はその頃に日産の担当記者となって以来、日産の経営を観察し続けている。ルノーと提携当時、志賀氏は提携を担当する企画室次長だった。企画室には独ダイムラーとの提携を推すダイムラー派もおり、ダイムラーの完全子会社になる計画もあった。志賀氏はルノー派だった。以来、志賀氏は日産とルノーの提携戦略の「結節点」になった。
実は自動車メーカーの提携戦略は成功したケースは少ない。例えば、ダイムラーと米クライスラーの合併は解消となったし、米フォードもマツダの株を売って資本提携を解消した。開発哲学などが食い違って、結局は「血液型不適合」を起こしてしまう。日産とルノーの提携が14年近く続いているのは、業界では珍しいことである。お互いの強みと弱みを補完し合うことができているから長続きしているのであり、そこで果たした志賀氏の役割は大きい。
志賀氏は、10億円近い報酬を得ているゴーン氏がさらに報酬を取ろうしたことに対して、「海外では黒字企業のCEOの報酬が10億円を超えてもなんらおかしくないが、日本ではこれ以上もらうと反感を買う」といったようなアドバイスも送ったともいわれている。志賀氏は暴走しがちな「夫(ゴーン氏)」を、陰から支えて家庭(日産とルノー両社)内の融和を維持することに腐心した「糟糠の妻(貧乏な時から苦労を共にしてきた伴侶の妻のこと)」のような存在でもあった。
その志賀氏が事実上更迭されたわけだから、両社の提携戦略の先行きには暗雲が立ち込め始めた。役員はいずれ退任するが、その時期が今で適切なのだろうかと感じる。後任のCOO職は置かないが、その職務は、西川広人副社長、アンディ・パーマー副社長、トレバー・マン副社長が引き継ぎ、西川氏を「第二位の役員」と位置づけた。
ゴーン氏は11月1日の記者会見で「懲罰人事ではない。若返りで実行力を加速させる」などと語ったが、西川氏は59歳、志賀氏は60歳で同世代。これで本当に若返りと言えるのか。
●一人負けの日産
志賀氏が更迭された理由は業績の悪化だ。日産の14年3月期決算の通期業績見通しでは、営業利益が期初予想から1000億円マイナスの6000億円、当期純利益が650億円マイナスの3550億円となる。他の自動車メーカーは円安効果などで業績を上方修正している中で、日産だけが下方修正をする事態に追い込まれている。
日産の業績に陰りが見え始めた大きな要因は2つある。まずは、08年のリーマンショックから立ち直って再びドル箱化しつつある北米市場で商品戦略に躓き、値引きしないと売れない状態に追い込まれている点だ。北米で日産車は、トヨタやホンダに比べて商品力で見劣る。
もうひとつは、新興国や電気自動車(EV)に大きな投資をしてきたが、それを回収できていない点だ。新車の積極投入で事業規模は膨張しているが、それに伴う収益性がついて来ていない。急に膨張したことで管理も甘くなり、大規模リコールも頻発している。