今の日産は、リーマンショック後、赤字に陥ったトヨタと似ている。トヨタはリーマンショック前までは利益が2 兆円を軽く超え、事業を大きく拡大させた。しかし、これに人材の成長や品質管理がついていけず、大規模リコールを起こし、過剰設備に苦しんだ。営業利益率でも一時期、日産の後塵を拝した。日産が新興国やEVに投資することを否定するつもりはない。今後、南米や東南アジアなど新興国は一時的なリセッションがあったとしても、自動車市場は成長する潜在力のある市場だ。EVも、環境問題の高まりを背景に一定量は市場で受け入れられていくだろう。いずれも、長い目で育てていくという発想がなければ「果実」は収穫できないだろう。
しかし、それをせっかちなゴーン氏は我慢できない。そもそも新興国やEVへの投資はゴーン氏が最終判断したもので、特にEVについては、「ハイブリッドをやれば先行するトヨタに利することになる」とゴーン氏が強く言い出したものだ。EV事業には若手の役員を抜擢したが、すぐに成果が出ないと見るや、わずか2 年で更迭し、関連会社に飛ばした。その後は泥をかぶって志賀氏がEV事業の担当を引き継ぎ、リカバリーを任されていた。
ゴーン氏はよく「ストレッチ」という言葉を使う。高い目標を掲げてチャレンジしろという意味である。これ自体悪いことではないが、挑戦してもすぐに成果が出ないと粛清人事が待ち受けていれば、誰も挑戦しなくなる。かつて富士通では成果主義を導入し始めた頃、社員の多くが低い目標を掲げてそれを達成する風潮が蔓延った結果、会社全体の業績が沈み始めたが、ゴーン氏のやり方ではかつての富士通のようになってしまうかもしれない。
要は今回の役員人事の問題点は、ゴーン氏は自分の責任は棚上げにして、「若返り」といった綺麗ごとで役員の粛清人事を行い、日産とルノーの、あるいは日本流と外資流の「結節点」であったキーマンの志賀氏の後任を育てていないまま、志賀氏を外したことにある。新体制ではゴーン氏の独裁化がますます進む。独裁者というよりも「裸の王様」と言ったほうが適切かもしれない。
(文=井上久男/ジャーナリスト)