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サマンサタバサ、衰退→ブーム再来の兆候…フェミニンブームが追い風

文=Business Journal編集部、協力=磯部孝/ファッションビジネス・コンサルタント
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サマンサタバサジャパンリミテッドの公式サイトより

 2000年代に10~20代女性から圧倒的な支持を得てブームを生んだバッグブランド「サマンサタバサ」が経営危機に陥っている。2024年2月期連結決算の純利益は8期連続の赤字に沈み、現在は紳士服量販チェーン「コナカ」の子会社となり再建に取り組むが、再起の可能性は十分にあるとの見方もある。なぜサマンサタバサは2000年代に一大ブームを築くことができ、その後、苦境に陥ってしまったのか。そして再建の方法は何か。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 サマンサタバサジャパンリミテッド(JP)は1994年に寺田和正氏が設立。10~20代の女性をターゲットにしたバッグやジュエリーの商品企画・製造・販売を手掛けるSPA企業として成長。同社を大きく飛躍させる原動力となったのが、ヒルトン姉妹、ビヨンセ、ヴィクトリア・ベッカム、ミランダ・カー、マリア・シャラポワ、イ・ビョンホンなどの海外セレブに加え、蛯原友里など人気モデルを起用した広告だ。ブランドのセレブ感を演出することによって、2~5万円台という高価格帯ながら若い女性の間でブームとなった。

 東京の銀座、六本木、表参道をはじめ一等地に次々と出店し、2006年にはニューヨークのマディソンアベニューにも出店。その後はハワイなどにも出店し海外進出を拡大。05年に東証マザーズ(現・東証グロース)に上場し、一時は国内・海外あわせ400店舗以上を出店。アパレル事業やEC、セレクトショップ事業「EiGHT MiLLION」も展開し積極的な多角化を進めた。

 サマンサタバサが人気ブランドの座を仕留めた理由について、アパレル業界でトレンドリサーチやコンサル事業などを手がけるココベイ社長の磯部孝氏はいう。

「2000年代、『CanCam』(小学館)、『JJ』(光文社)、『ViVi』(講談社)、『Ray』(主婦の友社)の4大赤文字系女性ファション誌が全盛となり、なかでも売れていた『CanCam』で2002年から08年まで専属モデルを務めた蛯原友里さんは圧倒的人気を誇っていました。当時は雑誌で着た服が3000着売れれば人気モデルと言われましたが、蛯原さんは3万枚売れる“エビ売れ”“エビちゃん現象”を起こしていました。その蛯原さんをブランドミューズに起用し、蛯原さんデザインのアパレルブランドを発表するなど親密な関係を築いてたのがサマンサタバサです。当時はファッションの世界では“めちゃモテ”“モテ服”がトレンドで、サマンサタバサの商品がそこにうまくハマったことも人気を博した要因としてあげられます」

一流ブランドの条件

 だが2010年代に入ると勢いに陰りが見え始め、19年には3期連続の赤字(純利益ベース)の責任を取るかたちで寺田氏が社長を退任。20年にはコナカの子会社となり、21年には米国子会社を解散して米国市場から撤退し、国内事業に専念。22年からはスギホールディングスやエステーの社長を務めた米田幸正氏が社長に就任し再建を進めてきたが、赤字脱却のメドは立たない。コナカの連結業績の下押し要因となっていることから、コナカは今年2月、サマンサJPを7月1日付で完全子会社にすると発表。コナカの湖中謙介社長兼最高経営責任者(CEO)が4月15日付でサマンサJPの社長に就任し、今後はコナカ主導で構造改革が進められる。

 サマンサタバサが低迷を始めた理由について磯部氏はいう。

「2010年代に入ると、ファッション誌を通じて多くの女性が連帯感を共有してファッション誌からトレンドがつくられる時代が終わり、一時は80万部まで発行部数が伸びていた『CanCam』をはじめとする女性ファッション誌の部数も低下し始めました。それと歩調を合わせるかたちでサマンサタバサの勢いも低下していきますが、要は流行ブランドにはなれたが一流ブランドにはなれなかったということです。

 ファッションにはトレンドがあり、一時は流行ったデザインも時間がたつと古く感じられてしまうものですが、コーチやエルメス、グッチなどの一流ブランドにはトレンドに左右されずにファンに長く愛される定番モデルがあり、それを通じてファンとの強い信頼関係を築いています。たとえば一つの商品が親から子へと受け継がれるということも珍しくありません。サマンサタバサはそうした定番モデルをつくることができず、さらに高額な価格に見合う品質があるとは消費者に判断されなかったと考えられます」

 サマンサタバサの経営は「高粗利・高経費型」と呼ばれることが多かった。価格を高く設定しつつ製造コストを抑え、そこで得た利益を広告費や出店費用に回していくというスタイルだ。アパレルチェーン関係者は「購入する側にとっては“価格に見合った質が備わっていない”ということになり、そうした点を見透かされるようになった」と指摘する。また、消費者の購買行動の変更も影響しているとこの関係者はいう。

「サマンサが伸びていた2000年代前半は女子大生の間でも高級ブランドのバッグや財布を持つというトレンドが残っていたが、そうした風潮は徐々になくなっていった。2000年代に生まれたZOZOTOWN、そして2010年代に入り登場したメルカリが一気に普及し、消費者はネットで商品の価格を比較して少しでも安いものを購入するという行動をとるようになり、特に若者層の間でブランド志向は急速に衰えた。今の10~20代の女性のコスパ意識は世間の想像以上に強く、とにかく安くて使い勝手の良いものを買い求める。日頃から100円ショップやメルカリを使っている彼女たちにとっては、無印良品やユニクロまで高級ブランドという位置づけ。価格が数万円もするサマンサが売れないというのは当然だろう」

復活の可能性

 では今後、コナカ主導のもとで復活の可能性はあるのか。

「スーツ離れが進むなか、アパレル業界では働く女性向け商品の領域で顧客の争奪戦が激しくなっています。大手紳士服チェーンのなかでは青山とAOKIがレディース部門に注力しており、コナカと『はるやま』が遅れています。コナカとしてはサマンサタバサをレディース分野の強化に向けた突破口にしたいと考えているのではないでしょうか。

 サマンサタバサ再建の方策は大きく2つ考えられます。一つは“新しいエビちゃん路線”の確立です。約20年前にエビちゃん世代だった人々は今は40代となり、働くママも多く、蛯原さんも今は40代になり二児の子どもを育てるママとしてファッション誌『STORY』(光文社)のモデルに起用され活躍しています。そんな成長していく蛯原さんを起用して新たなラインを立ち上げるなどして、かつての“エビちゃんファン”をもう1度巻き込んでいくというアプローチが考えられます。

 もう一つの方策は、かつてのサマンサタバサブームの時代のファッションから脱却して、ゼロからマーケティングをやり直して働く若い女性にアプローチするというものです。今ではファッション誌に変わってSNSが購買を大きく左右しており、たとえばInstagram上でのリコメンドなどを参考にしながら商品を選ぶという行動が主流になっています。そうした消費者行動に沿った戦略を練るべきでしょう」(磯部氏)

 岐路に立つサマンサタバサだが、実は時代は追い風になりつつあるという。

「ここ数年のレディースのファッショントレンドは“フェミニンブーム”で、フリルやリボン、装飾などがついた商品がよく売れており、2000年代と雰囲気が似ています。たとえばネット販売が中心の『D.KELLY』というバッグのブランドは、安価でキレイめなデザインが特徴ですが、なんとなく“サマンサタバサっぽい”テイストの商品がリーズナブルな価格で揃っています。こうしたトレンドはサマンサタバサにとっては追い風でしょうから、改めて若い女性向けにアプローチしていくための戦略を練るとよいかもしれません」(磯部氏)

(文=Business Journal編集部、協力=磯部孝/ファッションビジネス・コンサルタント)

磯部孝/ファッションビジネス・コンサルタント

磯部孝/ファッションビジネス・コンサルタント

ベビー製造卸メーカー、国内アパレル会社にて衣料品の企画、生産、営業の実務を経験。 2003年ココベイにて、大手流通チェーンや、ブランド、商社、大手アパレルメーカー向けにコンサルティングを手掛ける。 2009年上海進出を機に上海ココベイの業務と兼任、国内外に業務を広げた。2020年ココベイの代表取締役社長に就任。
ココベイ株式会社のHP

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