「村上ファンド」と呼ばれ一世を風靡した、M&Aコンサルティングなどの創業者・村上世彰氏の娘が「物言う株主」としてデビューした。村上ファンドの元関係者が運営するC&Iホールディングスとグループ企業の南青山不動産は、電子部品商社の黒田電気に対して臨時株主総会の招集を請求した。
両社の最高経営責任者(CEO)は野村絢氏。村上氏の長女である。慶應義塾大学卒業後、モルガン・スタンレーMUFG証券に勤務。2年半前にC&Iグループに入り今年6月、CEOに就任した。
村上氏ら4人の社外取締役選任を株主提案
野村氏の初戦の相手は黒田電気だ。臨時株主総会の招集を請求し、村上氏ら4人の社外取締役の選任を求めた。
取締役候補者の中で関係者が注目したのは鈴木俊英氏だ。同氏は野村證券出身で、村上ファンドにおいてマネージングディレクターをしていた。村上ファンドの解散後はオムロンに転職、グローバル戦略本部経営戦略部参事を経てルネサスエレクトロニクスに転じ、執行役員常務兼CEO室長を務めた。しかし、オムロン出身の作田久男氏がCEOを退任するのに伴い今年6月、ルネサスを退職した。
他の社外取締役候補はシンガポール・Scentan Venture Partners Limitedの 取締役である金田健氏と、オリックス出身でC&Iグループの投資会社レノ社長を務める福島啓修氏だ。
C&Iは、南青山不動産や村上氏個人の持ち株を合わせると、黒田電気の発行済み株式の14%強を保有しているという。今年4月初め、村上氏による5%超分の保有が明らかになり、「物言う株主」が何を仕掛けてくるか注目されていた。
提案理由について、「株主の目線による適切なガバナンス(統治)がなされていない。今後3年間は利益の100%を株主に還元することが十分可能である。M&A等を積極的に進めていくことによって、現在の中期経営計画(2018年3月期の売上高4000億円、営業利益130億円)の実現を前倒しするとともに、売上高1兆円企業の実現を目指すべき」と主張。これらの施策を推進していくのにふさわしい社外取締役4人の選任を求めた。
黒田電気は配当を大幅に引き上げて対抗
黒田電気は7月10日、C&Iが請求した臨時株主総会を8月28日に開くと発表したが、村上氏ら4人の社外取締役選任を求めるC&I側の株主提案には反対すると表明した。現在、取締役6人のうち半数の3人が社外取締役で、「ガバナンス体制は十分に機能しており、追加選任は不要」とし、村上氏が「大株主の利益を優先する可能性を否定できない」などと反対理由を説明している。
同時に、年間配当を15年3月期と同じ36円から16年3月期には94円に大幅増額すると発表し、16年3月期から18年同期までの株主還元方針を示した。配当性向を純利益の40~65%の水準に引き上げる。ちなみに15年3月期は19%だった。
C&I側が要求する純利益の100%株主還元は受け入れないにしても、前向きに対応した格好だ。配当の大幅アップ回答を引き出した野村氏は、まずポイントを挙げたといえる。
黒田電気は、海外メーカー向けの大型テレビ用部材が堅調に推移したことから、15年3月期の売上高は前期比13%増の3264億円、営業利益は14%増の98億円、純利益は17%増の67億円となり、売り上げ、利益とも過去最高を更新した。ROE(自己資本利益率)も9.9%と高水準をキープするなど、業績は好調だ。
外国人株主が多数派を占める株主構成
黒田電気がC&I側に譲歩した裏には、黒田電気のお家の事情がある。
創業家で元社長の黒田善孝氏はC&Iが提示した社外取締役候補について、「黒田電気の変わらない状況を打破し、より強くて良い会社に変えていくであろうと信じる」と賛成の意向を示したという。黒田氏は09年6月、「反社会的勢力の関係者と面会した」ことを理由に解任され、以来、創業家と経営陣の確執が続いている。
同社の株主構成の特徴は、外国人株主が多数派を占めている点にある。15年3月末時点で外国人株主の所有割合は43.5%。これ以外にシュローダー・インベストメント・マネジメントが16.7%、デルタ ロイド アセット マネジメント エヌ ベーが4.9%保有していることが大量保有報告書で明らかになっている。
14%強の議決権を持つC&I側の株主提案に外国人株主の大半が賛成すれば、社外取締役4人の選任が可決される可能性がある。それを阻止するために、大幅増配の株主還元策を打ち出したわけだ。
村上氏は娘の指南役?
村上氏は通商産業省(現経済産業省)の元官僚で、退官後の99年にオリックスの支援を受けて投資会社のM&Aコンサルティングを設立。阪神電気鉄道(現阪急阪神ホールディングス)の筆頭株主となり、プロ野球・阪神タイガースの上場を経営陣に提案した。TBS(現TBSホールディングス)に対して経営陣による買収(MBO)を進言するなど、物言う株主として耳目を集めた。06年、ニッポン放送株式をめぐる証券取引法違反(インサイダー取引)容疑で村上氏は逮捕・起訴され、ファンドは解散。11年、懲役2年、執行猶予3年の最高裁判所判決が確定した。
村上氏はシンガポールに住み、不動産投資にいそしんでいるといわれていた。“村上ファンドの残党”とも揶揄されるレノやエフィッシモの動きは活発だが、村上氏の名前が前面に出てきたのは事件後初めてといっていいだろう。
野村氏は7月14日付「ブルームバーグ」のインタビューで、「(以前のように他社から資金を預かるのではなく)すべて個人資産。村上家の資金でやっている。銘柄の最終選定には世彰氏が関わる」と説明している。
村上氏が後継者である野村氏に具体的に手ほどきしている様子が見て取れる。村上氏は、個人で半導体商社・エクセルの株式5.15%、同じく半導体大手商社・三信電気株を6.21%取得していることが大量保有報告書で明らかになっている。三信電気はルネサスエレクトロニクス製品の扱いが主だ。
野村氏は「国内の電子部品関連の商社は、海外と比較して小型な会社が多い。収益力の強化のため、業界再編を視野に入れている」と話す。
村上氏は阪神電鉄の株式を買い占めて阪急電鉄との合併に結びつけ、結果的に私鉄再編を主導した。同様に、野村氏が半導体商社の再編を演出しようとしている思惑が見える。
出資先に高い配当や経営者の退陣を迫る「アクティビストファンド」は、かつての勢いを失った。野村氏は、父親に倣って物言う株主として成果を挙げることができるだろうか。
最初の試金石は8月28日の黒田電気の臨時株主総会。黒田電気経営陣の反撃に遭って、娘が立ち往生したら、村上氏が急遽マウンドに上がるといったハプニングが起こるのか。
(文=編集部)