気賀を舞台に直虎(柴咲)や龍雲丸(柳楽優弥)たちの活躍を描く展開が続いてきたが、今回は一転して今川家の全盛期を築き上げた女傑・寿桂尼(浅丘ルリ子)をメインとした『おんな城主 寿桂尼』とでも言うべきストーリーが繰り広げられた。
危篤状態から回復した寿桂尼はまず、武田信玄(松平健)との直談判に臨み、さらに北条の仲立ちでひとまず武田との緊張関係を解消することに成功する。続いて、今川傘下の国衆たちを駿府に呼び寄せ、自分の死後も今川に忠義を尽くすようにと念を押す。直虎も駿府に呼ばれ、寿桂尼と久しぶりの対面を果たす。直虎が虎松(寺田心)の後見として立派に井伊谷を治めていることを知った寿桂尼は、「そなたが我が娘であればとずっと思うておりました」と心の内を打ち明け、「我が亡き後も今川を見捨てないでおくれ」と涙ながらに訴えた。直虎も深々と頭を垂れ、「ご安心くださりませ」と応じた。
日は変わり、今川氏真(尾上松也)は寿桂尼が記した一冊の帳面を開いた。今川の敵となる可能性があるため粛清すべき人物の名が書かれたその帳面をめくると、「井伊次郎直虎」の文字の上に大きく朱墨でバツが付けられていた。「あのおなごはお気に入りかと思うておりました」と驚く氏真に、寿桂尼は「我に似たおなごは、衰えた主家に義理立てなど決してせぬ」と答えた――という展開だった。
ほぼ丸々1話を使って今川家をクローズアップしたわけだが、井伊から見れば今川は逆らいたくても逆らえない親分であり、何度となくひどい仕打ちをしてきた憎むべき相手でもある。直虎にとっては、寿桂尼が後ろ盾となってくれたおかげで井伊谷の実質的な領主として振る舞うことができたという面はあるにしても、決して今川家が井伊家の繁栄を考えてくれているわけではない。このため、視聴者も当然のことながらこれまでは井伊視点で今川家を見ており、鼻持ちならない存在だと感じるようになっていたはずだ。
だが、今回は180度視点を変えたことにより、寿桂尼も文字通り命を削って今川家の安泰のために奔走していたことや、その陰で自らの無能さを痛感した氏真が苦悩していたことなどが鮮やかに描き出された。投げやりになりかけていた氏真が自らの使命にあらためて気づき、今川の繁栄を取り戻すために何をなせばよいか教えてほしいと病床の寿桂尼に懇願する場面などは、視聴者がこれまで彼に対して抱いていた“暗愚なお坊っちゃん”のイメージを完全に覆した。
視聴者からも、「寿桂尼様に泣かされっぱなしです」「今川にここまで泣かされるとは」「氏真様、登場以来初めて格好いいと思った。先週の踊り狂いにもともと低かった好感度がさらに下がったけど、今週は一変して急上昇」「今川も必死だったのだと初めて知った。涙が出てきたのは、寿桂尼に共感できたから」など、脚本の妙をたたえる声が続出した。
直虎と寿桂尼の心が通じ合あう感動のシーンを描いておきながら、直後に視聴者をどん底に突き落とすかのような展開にも「いやあ、一筋縄ではいかないわこの大河」「ようやく大河ドラマらしくなってきた」「こういうのが見たかった」「今までで最高の出来だった」と賛辞が相次いだ。この先井伊家を待ち受けている過酷な運命を、森下佳子の脚本がどう解釈して表現してくれるのか、がぜん楽しみになってきた。
(文=吉川織部/ドラマウォッチャー)