“暴走”テレ東&池上彰選挙特番、ベトナムにもスゴさ伝わる!?
(日本経済新聞社)
今回の番組:12月16日放送『TXN衆院選SP「池上彰の総選挙ライブ」』(テレビ東京)
12月16日、『TXN衆院選SP「池上彰の総選挙ライブ」』放送時、僕は日本にいなかった。自作『ライブテープ』の上映と大学の講演でベトナムのホーチミンにいた。そしてこの原稿を書いている今も、原付やスクーターの轟音と車のクラクションとにわとりの「コケッコー」を聞きながら30度を超える暑さの町にいる。
そんな状況なので、僕は今回取り上げる作品を見ていない。でも書きたい。なぜなら悔しいから。で、もし見ていない人がいるとしたら、こんな番組があったことを知って欲しいから。そして僕と一緒に後悔しましょう。
あの日は放送が開始された19時58分を過ぎたころからメールが届き始めた。「テレ東、ヤバい」「とにかく見ろ」と。ツイッターをチェックしてみると「池上さん、もっと」「容赦ない」という単語が並ぶ。
一体、テレ東に何が起こっているのか。
だが、同時に流れるツイートを読むことで選挙の結果も分かってきた。僕がリツイートする人たちは残念な気持ち、悔しい想いをつぶやいている。僕は今回初めて投票したという20歳の女性のことを思い出した。彼女は同世代の友人たちが選挙に行かないことを嘆き、震災後の日本の社会の雰囲気に憤りを感じていることを訴えていた。僕は「あれだけの津波と原発事故が起きても変わらないんだよ、日本は。それは海外から見たらおかしなことかもしれないけど、この国にいるとそんな意識を保てなくなる気がする」と答えた。だから選挙の結果にも僕は違和感を感じることはなかった。一方ツイッターでは池上彰氏への賛辞が止まらない。
一体、池上彰氏は生放送で何をやっているのか。
だが、ここベトナムのホテルで映る日本のテレビ局はNHKのみ。国内でもテレビ番外地の、テレビ東京が映るはずもない。ホテルに戻ったところで見れないのなら、今はエビの春巻きを食べて、ビールを飲むぞ、と心を決める。僕はベトナム料理を楽しむことにした。
が、番組の凄さを知るのはホテルに戻った後だった。早速まとめサイトが作られていて、そこを読んでみる。並ぶのは信じられない言葉の数々。当選者発表の際には、石原慎太郎には「暴走老人」、東国原英夫には「たけし軍団→知事→国会、おそるべき上昇志向」というテロップが付いていたらしい。確かにそうだけど、そこをクローズアップするのか、テレ東よ。やるじゃないか。放送作家の絶妙なシャレっ気を感じる。そしてディレクターの批評精神も。相当な覚悟とほんの少しの怒りさえも感じてしまうのは僕だけだろうか。
さらには高校生からの「公明党から出馬する候補者は、みんな創価学会員なのですか?」というストレート過ぎる質問には「会員が多いですが、それ以外の人もいます」と池上彰氏が回答。会場にいる峰竜太氏は「初耳ですね」と驚きの声を上げるが、僕も同意。聞きにくい、放送しにくい話題も池上氏の丁寧かつ迷いのない言葉が、視聴者(僕はネットだが)にも届いたに違いない。
続いて宗教法人の信者数をフリップで解説し、橋下徹、安倍晋三、そして石原にまでライブ中継でガンガン突っ込む。その凄さはネットでも確認出来るので、ぜひ見て頂きたい。痛快、という単語がぴったりなインタビューになっている。と同時に、なぜこんなにも分かりやすくユーモアのある選挙番組がこれまで作れなかったのか、とも思う。テレ東と池上彰氏の番組は前回も凄かった、と語る友人もいるが「だったら早く教えてよ!」と思う。しかし、このタイミングで日本にいない僕に、そんなことを言う権利はない。
先述の20歳の彼女は、今回の選挙の結果にがっかりしていることは間違いない。でも、この番組を見たのだろうか。僕はほんの一部しか見れていないが、いっぱい笑って、驚かされているうちに元気が出てきた。やはり笑いは強いな、と思う。ただ池上彰氏の表情は、いつも見る番組より厳しい気がした。一瞬の隙も逃すものか、と当選者たちの発言に注意し、少しでも違和感のある言葉には即座に突っ込む。そのタイミングは限りなく視聴者のそれに近いものだろう。だからこそ、ここまで盛り上がった。他局ならばスルーする単語でも、池上氏は見逃さない。今、聞かなければ数年後、後悔するかもしれない。そんな覚悟さえ感じさせる表情だった。生放送で繰り広げられる話術と放送技術の駆使に、テレビはリアルタイムで伝えるメディアなのだ、という当然のことを思い出した。そして番組制作者たちは池上氏のような直球ではなく、視聴者に新しい視点を提示していた。そこにユーモアを加えて。
そこに可能性を感じた。僕自身、震災後は「日本が変わらないのなら、僕が変わる」と決めたばかりだ。社会を変えてやるとか僕自身が強くなる、とかそういうことではない。今まで生き、見ていた位置をほんの少しだけ変えてみる程度だ。僕が想像していた社会からほんの少し遠くを目指し、離れた位置から自分が生活する場所を見てみる。できるだけ楽しく、おもしろおかしい方法で。そんな理想を実行する番組をほんの一部とはいえ目にすることが出来て、なんだか嬉しい気持ちになった。
僕は帰国したら、この番組をなんとしてでも全編見るつもりだ。そう思うだけでわくわくする。
(文=松江哲明/映画監督)
●松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都生まれ。映画監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。ほかの作品に『童貞。 をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)など。また『ライブテープ』(09)は、第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門で作品賞。