企業の経営、再建をめぐっては、どのようなケースでも評価は分かれる。稲盛氏もしかりである。JAL再建以前から稲盛氏に対してはさまざまな評価がつきまとう。稲盛氏を絶賛する一方で、稲盛経営の特殊性を非難するジャーナリストも少なくない。「濃い企業文化」を持つ企業にはありがちな評価だ。そのような情報、オピニオンは、すでに書き尽くされているため、今さら取り上げるほどの話題でもないだろう。
ましてや、そうした見方が核心を突いているか否かは、より経営を洞察する力を持たなければ断定できない。また、経営者も一人の「弱い人」であるとすれば、その思想、行動は、時間の経過とともに変わっていくものである。「弱い人」の一人であるジャーナリストが、過去の事例だけで、人の姿を100%断定する叙述は歯切れよく感じられるが、本質を論じるには不十分で断片的分析でしかない。筆者も「弱い人」であるがゆえに、不完全な批判的文章を書いたこともあるが、それはあくまでも明らかに表面化している事象に対してであり、人については、長所とのバランスを常に考慮している。
経営学、社会学、文化人類学では、民族誌学的な調査方法も用いたエスノグラフィック・リサーチなるものを応用する。これは、アンケート、統計分析などの定量的方法ではなく、デプスインタビュー、ユーザビリティテスト(ラボテスト)、観察調査、コンテクスチュアルインクワイアリーなどの手法により、潜在的な情報を探る精緻な調査を指す。記者会見での公式見解や、1〜2回ほどインタビューしたレベルのものではない。経営、経営者の実態を論じるには、少なくとも企業や経営者に張り付き、エスノグラフィック・リサーチを実施する必要がある。このようなアプローチでは、重箱の隅をつつくようにあらを探すよりも、学びのある長所に目を向ける場合が多い。短所を指摘する際も失敗の要因を究明し、今後の参考になるような提言をするように努める。
このような指摘をしても、ブラックな情報を好む読者、さらには今でも否定的情報だけが受けると思い込んでいる旧態依然としたメディア、そのニーズに呼応しようとする、もしくは、「是々非々主義」を口にしながらも、批判こそ使命と確信してやまないジャーナリストは共感しないかもしれない。それは、そのような人たちのスタンスであり否定はしないが、異なった多様な見方があることも理解していただきたい。
このような前置きを前提に問いたい。世の中は否定的な情報ばかりに興味を示しているのだろうか。
●稲盛本ブーム
この問いを検証する上で、2013年に起こった「稲盛本ブーム再燃」は無視できない。前向きのコンテンツに関心を示している知的大衆の潮流が明確になった。「造られたブーム」と指摘する人もいるが、それにしては、あまりにも多くの人が稲盛本を手にとっている。今や、14の出版社から60点が発行されている。
その中でも、注目されるのが、04年に出版され13年において累計100万部を突破しロングセラーとなった『生き方』(サンマーク出版)である。「次は200万部を向こう5年ぐらいで達成してほしい」(藤井武彦・トーハン社長)というほど、出版流通業界でも期待されている。また、「日本だけでなく、アメリカ、ロシア、中国など十数カ国で翻訳出版」(古屋文明・日本出版販売社長)されており、「中でも中国では150万部を突破、海賊版を含めると300万部になる」(植木宣隆・サンマーク出版社長)という。