──美術界の本流からは無視されてきたヒロ・ヤマガタやクリスチャン・ラッセンといったアーティストがいる。彼らが美術界で冷遇されてきた理由の一つには、その販売手法にあった。”絵画商法”と呼ばれる悪名高い売り方はじめ、アートビジネスの裏面というべき悪徳美術販売はいまだ業界に跋扈している。名画の裏であくどく儲けるその手法の現状を紐解いてみた。
一般の人には取っ付きにくいと思われがちな現代アート。閉じられた世界に収まるのではなく、大衆も楽しめる土壌を醸成しようとする動きもあれど、一方では相変わらず販売経路や価格設定が外から見えにくいため、「胡散臭い」と警戒心を抱く人は少なくない。特にそういった風潮を煽ってきたのが、展示会商法と呼ばれる手法により、リトグラフやシルクスクリーンなどの版画を、流通価格ではあり得ない高額で売りつける手口が横行していることだろう。イルカの絵で有名なクリスチャン・ラッセンや、カラフルで幻想的な街を描くヒロ・ヤマガタなどといった作家の作品がその象徴としてメディア等で取り上げられることもあり、現代アート界の健全な発展に影を落としている。
先ごろ、『ラッセンとは何だったのか?――消費とアートを越えた「先」』(フィルムアート社)という評論本が刊行され、「初のラッセン論」として一部で話題になった。同書では日本のアート評論のど真ん中にいる人々が、それぞれにラッセンという画家についてアートの観点から読み解いているが、ラッセンを語ることは長らく美術業界でタブー視されてきた。その背景にはラッセンの「わかりやすい作風」への反発もあっただろうが、販売手法への反感があったことも同書からは読み取れる。
ラッセンなどの作品を扱っていることで有名な販売業者・アールビバンのアート関連事業は、売上高が35億9700万円(前年同期比5・3%増)、営業利益は5億9300万円(同119・1%増)に上っている(2013年3月期 決算短信)など、1社だけみても市場は大きく、アンチもいればファンもいるのだ。ラッセンについては、展示会に本人が現れた際の盛り上がり方は「新興宗教の『教祖様』のようだ」とまで表現されている(「週刊文春」94年12月1日号「一枚八十万円『高級ポスター』バカ売れの裏側」)。
70~80年代にこの手の絵画販売で名を馳せたヒロ・ヤマガタは、99年のインタビューで「日本で紹介されている作品の多くは、米国の悪徳画商にだまされ、押しつけられて描いた絵だ」と回答しているが、ラッセンは90年代の全盛期にはひとつの版画作品を1000~3000枚刷り、アールビバンから「それは刷りすぎだ」といさめられたことがあるというほど、販売に熱心なようだ(さすがにいさめられて以降、枚数は減らしたそうである/「週刊ダイヤモンド」97年7月5日号アールビバン・野澤克巳代表インタビューより)。
彼らに象徴される展示会商法の中でも、「エウリアン」(「絵を売る人」と「エイリアン」を掛け合わせた造語)と揶揄されることもある悪質な絵画販売業者の手法でよくあるパターンは、繁華街の駅前で若い女性に声をかけさせ、ポストカードを見せながら「すぐそばで展示会をやっているんです」などと誘わせるというもの。展示会で絵を見ていると、「どの絵がお気に入りですか?」と勧誘が始まり、契約するまで帰れない雰囲気を作られる。お金がないと断っても、「分割にすれば安いもの」「絵画は人生を豊かにする」などと口説き落とし、半ば強引に契約を取ってしまうというのだ。
裁判になったケース(08年高裁判決)では、26歳の男性が展示会で執拗な勧誘に遭い、購入を断って帰ろうとしても販売員が両手を広げてそれを阻止。本来はさほど稀少価値がないにもかかわらず、「今買わなかったら価格はどんどん上がる」などと、あたかも価値のあるもののように勧めてきたという。結局、この男性は市場価格5000~1万2000円のシルクスクリーン版画を48万円で契約させられてしまった。版画はアメリカ人アクリル画作家のもので、販売業者がクーリングオフにも応じなかったというから悪質だ。しかも、後日、同じ男性を電話で誘い出して、2件目の契約まで取っている。一度見つけたカモは手放さないということなのだろう。