親は、子どものために働き、金を費やし、生命保険に加入し、子どものために貯蓄までします。その時間を自分の為に使い、その金を老後に残しておいた方が、どう考えても合理的であるにもかかわらずです。
そうまでして、なぜ私たちは子どもを欲しがるのでしょうか?
これに対する合理的な説明の一つとして、「永遠に生き続けたい」という考え方があります。自分が死んだ後でも、自分の子孫の中でいつまでも生き続けるのだ、という考え方は、世界中のどんな宗教よりも、私たちを死の恐怖から遠ざけてくれます。また、遺伝子学的観点からは「利己的な遺伝子」という考え方もあります(今回は割愛します)。
また、医療の発達により、子どもの死亡率は劇的に下がりました。5歳以下の子どもは、ほんの100年前には、1000人中およそ300人(推定値)が死んでいたのに、現在では3人ほどになりました。子どもが生き残るのであれば、人数の少ない方が経済的に楽に決まっています。
そして、ここが重要なのですが、私たちが愛するのは、世界中の子どもでもなく、日本中の子どもでもなく、「自分の子ども」だけです。無制限の惜しみない愛は、自分の子どものみに発動します。他人の子どもがどうなろうが、ましてや、日本国の将来がどうなろうが、そんなことは知ったことではありません。「それは、私たち以外の誰か(内閣府とか)にお任せします」と、子育て世代の夫婦なら考えることでしょう。まとめますと、子育ての世代の夫婦にとっては、少子化こそが「最適戦略」なのです。
●独身は面倒なことをすべてスルーできる
(2)独身は最適戦略だから
先ほど、「未婚者の9割が結婚を希望している」と言いましたが、ここにはデータには表れない条件が含まれていることを忘れてなりません。「結婚」とは、好きな人と、または自分の子どもたちと一緒に生きる、ということであり、それ以外の「余計なもの」は考慮されていません。配偶者の親(の同居や介護など)や、親戚などは考慮に入れません。
テレビを見れば、「結婚すれば必ず不幸になる」ドラマしか放送されておらず、結婚活動(婚活)は金も時間もかかる上、うまくいかなった時は体裁が悪く精神的ダメージも大きい。また、赤の他人と残りの生涯を一緒に生活する、と考えるだけでストレスになりますし、一度結婚すると、法律等で、簡単に結婚生活をやめることができないようになっています。さらには、自分の伴侶や子どもに暴力を振るう人物も、一定数存在しているという事実があります。
独身のままでいることは、上記の面倒くさい問題を全部スルーできる上に、自分の価値観だけで生きていけるという自由があります。もちろん、病気や老後の心配もありますが、子どもに投資する金額を考えれば、それを貯蓄に回すことで、十分担保できます。
これらをはかりにかけて、なお「結婚を選択する」ことは、自虐的な破滅衝動といっても言い過ぎではないでしょう。まとめますと、独身のままでいることは、「最適戦略」なのです。
●出産は、いまだに極めて困難な社会
(3)私たちの社会は「子どもを産ませないシステム」として完成しているから
過去においては、結婚して夫に寄り添い子どもを産むことが、典型的な女性の生き方であったのに対して、女性は仕事の道を進むことを――自己実現のためであれ、経済的な理由であれ――余儀なくされ、そして、仕事と子どもの両方を得ることが、絶望的に難しいという現実に直面します。
仕事で実績を獲得するためには、長期間にわたり、仕事に専念することが強要されます。キャリアは女性に対して、結婚や出産の問題を「後から考えろ」と命じていながら、いざ子どもを産むことを考える時期には、女性の卵巣には、もう十分な数の元気な卵子が残っていないのです。
女性の閉経期は、人類がマンモスを追いかけていた2万年前から変わっておらず、たった200年前、女性の平均寿命は44歳で、閉経の時期と女性の寿命は、おおむね妥当な関係にあったのです。さらに、これに追い討ちをかけるがごとく、年齢が上がるとともに卵子の染色体異常の発生率が高くなります。これによって、ダウン症等の子どもが産まれる確率が高くなります(20代から40代で、約40倍もアップ)。
なぜこのようなことが起こるかというと、染色体が2つあるためです。卵子に入れる染色体は1つだけです(減数分裂)ので、染色体は「相手を蹴飛ばしても、自分が卵子に残りたい」と思いますが、まだ卵子が十分な個数残っている時は、染色体も焦りません。子どもはまだ何人か産まれる可能性があるからです。しかし閉経近くになってくると、2つの染色体は、争って卵子に残ろうとして、ここで染色体異常が発生してしまうのです。
そして妊娠の可能性は、年齢が高まるとともに劇的に低下し、48~52歳くらいに閉経を迎え、完全に消滅します。