
東京・池袋で、痛ましい交通事故が起きた。
87歳の男性が運転する乗用車が赤信号を無視して暴走。自転車をはね飛ばして女児(3)と母親(31)を死亡させ、さらに歩行者4人をはねるなどして合計8人が重軽傷を負った。
これだけの被害を出したのに、運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三・元院長は逮捕されず、一部報道では名前が伏せられたり、名前に「さん」の敬称がつけられていることが、元官僚に対する「忖度」、あるいは特別扱いであるとして、強い違和感や反発を示すネット民が少なくない。
池袋事故ドライバーは本当に“特別扱い”か?
報道がこうなったのは、彼が逮捕されていなかったからだ。メディアは通常、逮捕するか指名手配されなければ「容疑者」の呼称はつけない。警察が彼を逮捕しなかったのは、彼もケガをして入院したから。入院が必要な患者の逮捕を見合わせるのは、当たり前のことだ。殺人事件でも、被疑者がケガをして入院すれば、病院から逃げ出さないよう警戒はしても、当人の身柄拘束は回復を待ってから、ということになる。
交通事故の場合も、原因となった第1当事者が入院した場合、逮捕はせず、回復を待って取り調べを行うが、逃亡や罪証隠滅の恐れなしと判断すれば、任意捜査で処分を決めることになる。
昨年2月、東京都港区白金で、元東京地検特捜部長の石川達紘弁護士(当時78)が運転する乗用車が暴走。対向車線の歩道を歩いていた男性(37)をはねて死亡させ、通り沿いにある店舗兼住宅に突っ込んで大破させた。石川弁護士も骨折して病院に搬送され、逮捕されていない。取り調べに石川弁護士は、「アクセルを踏み込んだ意識はない」などと容疑を否認。否認すると、とかく「罪証隠滅の恐れあり」とみられがちな日本の刑事司法だが、本件ではその後も身柄拘束されることなく、昨年12月に書類送検された。
石川弁護士は今年3月に自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反の罪で在宅起訴された。その記憶が新しいこともあって、元官僚や元検察幹部は特別扱いという印象が広がって、ネット上では「上級国民」なる言葉も飛び交っている。石川弁護士のケースが、実際のところどういう事情で、こういう展開になったのかはわからないが、重大事故で逮捕されないのは、元官僚や元捜査幹部ばかりではない。
たとえば、2016年11月に東京都立川市の病院敷地内で、当時83歳だった女性が運転する乗用車が暴走、2人が死亡した事故。女性自身もケガをして入院し、逮捕されていないため、この時も報道は「さん」付けだった。事故は、女性がアクセルとブレーキを踏み間違えたのが原因。警察は女性を書類送検し、検察が在宅起訴。1年半後、東京地裁立川支部が禁固2年の実刑判決を言い渡した。女性は控訴したが、高裁は退けた。
このように、事故直後には逮捕されなくても、裁判で実刑判決が言い渡されることもあるので、刑事司法が「上級国民」に甘いと即断するのは早計ではないか。
一方、ケガをしていなければ、第1当事者はかなりの高齢でも逮捕される。
昨年5月、神奈川県茅ケ崎市の交差点で、90歳の女性が赤信号の交差点に突入し、歩行者ら1人(57)を死亡、3人を負傷させた事故では、運転者の女性はその場で逮捕された。ただし、裁判所は、検察側の勾留請求を却下した。逃亡や罪証隠滅の恐れはないと判断したのだろう。任意捜査の結果、検察は自動車運転処罰法違反(過失致死傷)罪で起訴し、禁錮3年10月を求刑した。
このように、逃亡や罪証隠滅の危険性が現実的でない被疑者については、任意捜査が原則。それにもかかわらず逮捕・勾留したようなケースがあれば、そちらを批判の対象にすべきだろう。今回の池袋のケースも、罪証隠滅などのおそれが認められなければ、退院後は任意の取り調べとなるのではないか。
また、逮捕・勾留されても、不起訴となったケースもある。
2016年10月、横浜市港南区で集団登校中の小学生の列に軽トラックが突っ込み、1人が死亡、7人が負傷した事故では、運転の男性(当時87)がその場で逮捕された。しかし、「どこを通って事故現場まで行ったのか覚えていない」「どうやってぶつかったかわからない」などと述べたため、責任能力を見極めるために3カ月の鑑定留置が認められ、精神鑑定が行われた。その後釈放され、不起訴処分となった。
事故を起こした第1当事者への処分は、被害の大きさだけでなく、当人の状況によっても変わる。今回の池袋の事故で、飯塚元院長の処分がどうなるかは、今後の捜査と裁判次第。これだけ注目された事件なので、メディアはできるだけ丁寧に続報を伝えてほしい。
増える高齢者運転事故、求められる対策
それにしても、高齢ドライバーによる死亡事故は後を絶たない。
警察庁の統計を見ても、交通事故の発生、死傷者数は減り続けているのに、高齢運転者による死亡事故は例外で、下げ止まっている。さらに、昨年の年齢層別死亡事故の数値を見ると、10年前の発生数を100として計算する指数は、全体的には66まで減ったのに、80~84歳については114、85歳以上は196へと増加している。年齢層別免許保有者10万人当たり死亡事故件数は、85歳以上が16.27とダントツに高い(次いで高いのは16~19歳の11.43。もっとも低い35~39歳は2.84)。
2017年の交通安全白書の特集「高齢者に係る交通事故防止」によれば、75歳以上の運転者が起こす死亡事故の原因は、ハンドル操作を誤ったり、ブレーキとアクセルの踏み間違いなどの「操作不適」がもっとも多い。