悲惨なポストドクター…東大博士号でも非正規

東京大学の安田講堂(「Wikipedia」より/Kakidai)

 2018年のノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学特別教授の本庶佑氏は、取材や講演のたびに若手研究者への支援を訴えている。思い返せば、大隅良典氏、梶田隆章氏、山中伸弥氏と、日本が世界に誇るノーベル賞受賞者たちは、みな口を揃えて基礎研究の大切さを訴え、資金を投入してほしいと危機を叫んでいた。

 実際に今、日本の大学などで基礎研究に携わっている「ポスドク」たちは薄給で就職先がなく、悲惨な状況に陥っているという。

悲惨な境遇で行方不明になるポスドクも

「ポスドク」とはポストドクターの略で、博士号(ドクター)の学位を取得しながらも安定した研究職に就けず、非正規の立場で活動を続けざるを得ない研究者のことを指す。日本では、ポスドクの多くが安定した就職口を見つけられないままアルバイトのように研究現場を渡り歩き、気づけば40歳手前になって民間企業への就職も厳しくなるというケースが激増している。

「悲惨の一言です。給料は月20万円に満たない上、研究では短期間で成果を求められるので、精神的に追い込まれる。出口が見えずにあえいでいる人も多く、どの研究所でも『ポスドクが行方不明になった』という噂を耳にします」

 そう語るのは、東京大学でポスドクをしている宮野良純(仮名)さんだ。宮野さんの専門分野は生物。生物系は研究できる機関が少なく、昔からポストに就くための競争は激しかったという。しかし、最近は様相が異なるらしい。

「以前はオーバードクターという問題でした。オーバードクターとは、博士号を取得しても就職できず、無償で研究室に残ってポストの空きを待っている状態です。今はとりあえずポストは増えたのですが、低賃金で将来性のないものが多く、安定した研究生活にたどり着くまでの道のりはさらに険しくなりました」(宮野さん)

 そもそも、ポスドク問題は国策によって生み出されたものだ。まず、1990年代初頭の「大学院重点化」政策によって、博士号取得者が急増。その受け皿が十分になかったため、文部省は96年度に「ポストドクター等1万人支援計画」を実施して任期制のポストを増加させた。とはいえ、常勤のポストは狭き門のままなので、かえって競争が激しくなり、安定した職に就けない研究者が不安定なポストを転々とし、高齢化していくという構図だ。

最近の夢は「研究者として中国で就職」

 日本の研究を支えているともいえるポスドクだが、その生活は想像以上に逼迫しているという。

「私も33歳になりますが、学生のときと同じアパートに住み、昼は学食、夜はコンビニ弁当という生活をずっと続けています。正直、このままでいいのか不安になるときもあります」(同)

 親からは「苦労して大学まで出したのに……」などとため息をつかれ、忙しいので彼女もできない。なんとか結婚しても、稼げないので生活は荒んでいく。

「研究に没頭したくても、結婚して子どもができれば、その夢をあきらめなければなりません。実際に、40歳過ぎの同僚が次のポストが決まらず就職活動を開始する姿を何度も見てきました」(同)

 この構図は、バンドマンがプロミュージシャンの夢を追いかける姿に似ていると宮野さんは語る。

「僕らも研究で一発当てれば生活が180度変わるんです。『ネイチャー』や『サイエンス』といった有名雑誌に論文が載れば、ようやく“メジャーデビュー”。ポスドクたちは研究だけで食っていくことを夢見て、若さと時間を費やしてしまうのです」(同)

 メジャーデビューを夢見て日々研究に専念する宮野さんだが、最近は新たな夢も見つかったという。それは、研究者として中国で就職することだ。

「アメリカで就職できれば一番いいのですが、日本以上の競争社会のようです。東大ブランドも通用しないので、あらゆる意味で実力が試される。なので、まだ日本への幻想が残っているアジアの成長国で就職を考えています。そのなかでも、やはり中国の魅力は断トツです」(同)

 今や、理工系の論文数、研究者数、科学技術予算でも中国が日本を圧倒。豊富な予算を武器に、中国は2008年から「千人計画」と銘打って、世界中からハイレベルな研究者を積極的にリクルートしている。

「学会で中国の若手研究者と話すと、たまに『お金持ちになりたいから研究者を目指している』と言う人がいて驚きます。日本では、研究者はわりに合わない仕事だとみな知ってますから(笑)。中国では研究者は社会的ステータスが高く、若者が夢を持って挑戦できる職業だそうで、そういった立場にも憧れてしまいます」(同)

日本のポスドクの“唯一のメリット”とは

 宮野さんは、「日本のポスドクにもひとつだけいい点がある」と言う。

「それは研究に専念できることです。もし大学の正規職のポストに就けば、講義やプロジェクトのマネジメント、資金集めの書類作成で7~8割は時間を取られてしまいます。研究だけに没頭して日本のサイエンスを支えているのは、ポスドクなんです」(同)

 事実、山中伸弥氏が所長を務める京都大学iPS細胞研究所のスタッフも9割が非正規雇用で、多くのポスドクが働いている。研究の最前線で手を動かし、頭を働かせているのはポスドクなのだ。

 宮野さんは、「せめて普通に若手研究者が暮らしていける環境にしないと、誰も日本で研究者を目指さなくなる」と警鐘を鳴らす。

 日本人がノーベル賞を受賞するたびに国中がお祭り騒ぎとなる。しかし、過去の受賞者が異口同音に訴えるポスドク問題にまで耳を傾けなければ、日本からノーベル賞受賞者を輩出できなくなる日も近いだろう。

(文=奥田壮/清談社)

清談社

せいだんしゃ/紙媒体、WEBメディアの企画、編集、原稿執筆などを手がける編集プロダクション。特徴はオフィスに猫が4匹いること。
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