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高橋篤史「経済禁忌録」

IT業界のタブー、蔓延する架空循環取引の全容解明へ…関与の大手企業社員は議員秘書に転身

文=高橋篤史/ジャーナリスト
IT業界のタブー、蔓延する架空循環取引の全容解明へ…関与の大手企業社員は議員秘書に転身の画像1
「ネットワンシステムズ HP」より

 昨年暮れあたりから取り沙汰されてきた、IT業界を舞台とする架空循環取引の全容が概ね明らかになってきた。不正行為の中心にいたのは、ネットワンシステムズのシニアマネージャーだった人物とみられている。過去を振り返れば、IT業界では2004年から2008年頃にかけ大規模な架空循環取引が次々と明らかになったことがある。じつはこの時もキーマンの1人として暗躍していたのは、ネットワンシステムズの幹部社員だった。そんな業界に蔓延る闇の系譜を紐解いてみよう。

 まずは今回明らかになった架空循環取引である。不正行為発覚の端緒は、東京国税局が昨年11月に行った税務調査だった。それを機に各社の社内調査が本格化した。これまでに関与が判明した企業はネットワンシステムズのほか、日本製鉄系の日鉄ソリューションズ、東芝系の東芝ITサービス、富士電機系の富士電機ITソリューション、ダイワボウホールディングス系のダイワボウ情報システム、みずほリース系のみずほ東芝リースといったところ。不正行為は2015年頃に始まり、税務調査が入った2019年11月頃まで約5年間にわたり続いた。

 架空循環取引とは商品の実態がないにもかかわらず、証憑類を形式的に整え、それに基づいた入出金を行うことで、正当な取引と見せかけ、売上や利益を水増しするものだ。今回、そうした不正取引の累計額は多くの会社で200億円前後に上った。最も多額だった日鉄ソリューションズでは429億円である。各社が懐に入れていたマージン(粗利益、仕入れ額に対する販売時の上乗せ額)は販売額に対し概ね5%前後だったようだが、ネットワンシステムズだけは約13%と高い数字になっていたようだ。

 これら不正取引を主導していたのは、ネットワンシステムズの東日本第1事業本部で中央省庁向け営業を担当していたシニアマネージャーだったとみられる。その人物が各社の営業マンに話を持ち掛け、次々と架空取引をでっち上げ、複雑多岐にわたる商流を仕切っていたようだ。それら取引で動いていた資金の一部は、システムエンジニアに対する教育費の名目で友人が経営する会社に流れていた疑いがあるという。その額は毎月数千万円に上ったとされる。また、各取引のマージンを調整するため、取引から捻出した資金をあとで関与企業に補填することもしていたようだ。

架空循環取引が行われやすい業界の特徴

 IT業界の特徴は、ひとつのシステムを完成させるのに際し上流企業と下流企業の見分けがつきにくい点にある。一般の取引なら素材メーカーから部品メーカーを経て完成品メーカーへと至る一方通行の流れがある。ところが、IT業界の場合、ある会社は上流企業になることもあれば、下流企業になることもある。このため同業者間の取引が輻輳することが常態化、それにつけこんで架空循環取引が行われやすい。ただし大半の場合、次々とマージンが上乗せされていくため取引額が膨らみ、どこかで資金的に行き詰まる。

 架空循環取引の多くは、営業マンが個人成績をよく見せかけるために行われる。言ってみれば、営業マン同士の談合の世界である。が、時として経営トップによる指示の下、会社ぐるみで行われることがある。そうなれば、粉飾事件として当局に摘発されることとなる。過去の有名なケースとしては、2004年に摘発されたメディア・リンクス事件、2007年に表面化したアイ・エックス・アイ(IXI)事件、2008年に経営破綻が起きたニイウスコー事件が知られる。それら事件は別個のものではなく、架空循環取引の商流は水面下で一部交わり合ってもいた。

IXI事件

 さて、ここで焦点を当てようとするのはIXI事件である。

 大阪に拠点を置く同社は2002年にナスダックジャパン市場に上場したが、それ以前から架空循環取引に手を染めていた。やはり大阪に拠点を置いていた前出のメディア・リンクスや、同社と手を組んだ営業チームが水面下で暴走していた伊藤忠テクノサイエンス(現伊藤忠テクノソリューションズ)と前々年頃から取引を重ねていたからだ。メディア・リンクスをめぐっては、のちに売上高のほとんどが架空循環取引によるものだったことが明らかになっている。

 IXIが主宰する架空循環取引で特徴的だったのは、参加企業を結びつけるその道の指南役が複数関わっていた点にある。その1人がネットワンシステムズの元部長だった。ここでは仮にA氏としよう。

 1960年生まれのA氏は愛知県内の私立大学を卒業、化学品メーカーや複合機販売会社を経て2000年にネットワンシステムズに転職した。入社2年後には事業戦略室長に取り立てられており、関係者によれば、同社で中興の祖とされる佐藤一雄社長(当時)にずいぶんと可愛がられ、「最後の教え子」のような存在だったという。「腰は低いが迫力がある」「押しが強い」――。A氏に関してはそんな人物評が聞かれたものだ。

 A氏が架空循環取引と接点を持つようになったのは、2004年頃のことだったとみられる。その年4月、公共事業本部の西日本事業部長として関西に赴任している。当時、関西ではメディア・リンクスによる架空循環取引が行き詰まりを見せつつある一方、かわりにIXIが「商流ファイル」なるものを参加企業に配布して不正取引の輪を広げている最中だった。

 そんななか、同年10月頃、A氏はある人物と知り合う。日本アイ・ビー・エム(IBM)の西日本支社でやはり公共調達部門に所属する営業マンだった。ここではB氏としておく。B氏が日本IBMに入ったのは2002年だが、じつはそれ以前から別の会社でサラリーマンを務めつつ副業に精を出していた。「創研アイデアプロダクション」なる屋号でデータ入力の内職を始めたのは1996年頃。日本IBM入社後、その内職は架空循環取引の仲介業へと姿を変える。それは、その年10月頃のことだったとされる。

架空循環取引への包囲網

 この頃、メディア・リンクス事件の摘発で架空循環取引の輪からは参加企業が次々と抜け落ちていた。そうした状況下、B氏のような仲介役が暗躍する素地が生まれた。当の日本IBMですら取引基準の厳格化を社内に通達していたほどである。

 ネットワンシステムズのA氏はそんな日本IBM社員のB氏からある案件を紹介された。それがIXIの絡む取引だった。おそらくその前後の時期にA氏は架空循環取引のコンサルタント業に自らの生き残りの道を見いだしていたようだ。その年6月、佐藤社長が急死、A氏は後ろ盾を失ったところだった。

 B氏を見習ったのか、A氏もまた自分の会社を内密に持とうとした。「会社があれば譲ってほしい」――。A氏は知り合いのIT関連会社社長にそう持ち掛け、資本金の1割ほどの値段で休眠会社を買い受けた。その会社、「スカイピー・コム」はもともと秋葉原電気街のネット版を目指して2000年に大手通信会社の出資も受け設立されたものだった。

 あくまでネットワンシステムズの社員であるA氏は表に出られないため、知り合いの公認会計士にスカイピー・コムの代表者になってほしいと依頼する。2004年暮れから翌年初め頃の話だ。帳簿管理などを任されていたその会計士によると、最初は月1~2件の取引で1000万~2000万円がマージンとしてスカイピー・コムに入っていた。ところが、加速度的に増加、億単位のカネが次々と入ってくるようになったという。スカイピー・コムは単に仲介だけでなく、取引の当事者をも務めるようになっていた。怖くなった会計士はA氏に対し「代表取締役をもう降りたい」と伝える。2005年7月頃のことだった。

 A氏はその年4月、関西から東京に転勤で戻っていた。同時期、居宅となる品川のタワーマンションをスカイピー・コム名義で買っている。しかし悪事がいつまでも続くはずはない。その年暮れ、ネットワンシステムズに対し外部から告発がもたらされた。A氏が個人会社を持ち何やら怪しげな商売をやっているらしいとの情報だ。すぐに社内調査が始まった。

 結局、自身への追及の手が迫るなか、A氏は翌2006年3月末に「一身上の都合」でネットワンシステムズを依願退職する。前年末にはB氏も日本IBMを退職していた。架空循環取引への包囲網は徐々に狭まっていた。

失われた業界のモラル

 しかし、それでも業界を侵食する不正はなおも1年ほど続いた。IXIは2005年8月頃、架空循環取引を継続させるための資金供給源として東京リース(現東京センチュリー)を引き込み、それを「簿外債務スキーム」と名付け、さらに大規模に不正を行うようになっていた。このスキーム作りにもA氏は深く関与していた疑いが濃い。2006年9月、A氏は東京リースの担当者に宛てこんなメールを送っている。

「嫁入り先の見つからない案件が45億円あります。現在調整中でありますがご支援を頂けそうであればご紹介をよろしくお願い致します」

 他方で翌月、B氏はIXIからこんなメールを受け取っている。

「お世話になっております。9月のお話の中で資料の件につきまして商流を確定致しましたのでご確認下さい。担当者は以下の通りです」

 そしてB氏はA氏にこう連絡メールを送信した。

「お疲れさまです。今月末支払いの案件がFIXいたしました。お手数ですが各社への対応よろしくお願いいたします」

 この間の2006年4月にはTISの営業マンも横浜市内で「えれがんす」なる有限会社を設立し、架空循環取引の仲介業に乗り出していた。業界のモラルは失われたも同然の末期的症状を呈していたといえる。

 最終的にIXIによる架空循環取引が行き詰まったのは2006年晩秋のことだ。監査法人が100億円を超す棚卸資産(=架空在庫)が過大と指摘したのが契機だった。翌年1月、IXIは民事再生手続きを大阪地裁に申し立て倒産。元社長ら旧経営陣は2008年5月、金融商品取引法違反で大阪地検特捜部に逮捕された。

 この間、B氏は脱税に問われた。交際女性の生活費や日本IBMでの正規の営業活動のため背負い込んだ借金の返済資金を確保するため、架空循環取引の仲介業で荒稼ぎしていた儲けを申告していなかったからだ。

 そうした一方、A氏は逃げ延びた。架空循環取引の輪が断ち切られたため、取引相手といくつかの民事裁判を争う羽目となったものの、刑事に問われることはなかった。この期に及んでもA氏は架空循環取引を「先行支払い取引」だったと裁判の場で強弁し不正行為を否定していた。2012年、A氏は民主党国会議員の私設秘書を務めるかたわら、東京都内の建築資材会社の会長に突如就任、同社が破産する直前まで務めた。スカイピー・コムを通じその会社に数億円を資金支援、回収が滞ったため直接乗り込んだのだ。民事裁判に提出された本人の陳述書によれば、当時のスカイピー・コムには10億円を超す潤沢な資金があったという。

 ニイウスコー事件後、IT業界を舞台とする架空循環取引はさすがに収束していった。もっとも、その数年後から再び水面下で始まっていたことが今回明らかになったわけである。これまで見てきたように、以前の不正は業界のあちこちで同時多発的に始まったものが途中で重なり合い規模を大きく広げていった。今もどこかで別の不正行為が行われていないとは限らない。

(文=高橋篤史/ジャーナリスト)

高橋篤史/ジャーナリスト

高橋篤史/ジャーナリスト

1968年生まれ。日刊工業新聞社、東洋経済新報社を経て2009年からフリーランスのジャーナリスト。著書に、新潮ドキュメント賞候補となった『凋落 木村剛と大島健伸』(東洋経済新報社)や『創価学会秘史』(講談社)などがある。

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