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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

「日本の子どもは自己肯定感が低い」問題視は的外れ…中身がなくても自信満々な欧米人

文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士
「日本の子どもは自己肯定感が低い」問題視は的外れ…中身がなくても自信満々な欧米人の画像1
「gettyimages」より

 日本の子どもたちの自己肯定感が低いことがしばしば話題になる。その根拠として、国際比較調査のデータが持ち出され、どうしたら他国のように自己肯定感を高めることができるかという議論になる。

 だが、そうした議論には落とし穴がある。日本の子どもたちは、ほんとうにそんなに自信がないのだろうか。また、海外の子どもたちの自信たっぷりな振る舞いは、はたして模範になるようなものなのだろうか。

国際比較調査でみると、たしかに日本の子どもたちの自己肯定感は低い

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『伸びる子どもは○○がすごい』(榎本博明/日本経済新聞出版社)

 国際比較調査のデータが発表されるたびに、日本の子どもたちの自己肯定感の低さが問題視され、さまざまな対処法が議論される。それにもかかわらず、いつまでたっても日本の子どもたちの自己肯定感は海外の子どもたちと比べて低いままだ。そこで、またそれが問題視される。

 だが、そうした議論はまったく的外れである。日本の子どもたちの自己肯定感の低さを問題にするなら、海外と比較するのではなく、時系列でみて、過去の日本の子どもたちと比較して、ほんとうに自己肯定感が低下しているのかをみていく必要がある。

 なぜなら、文化が違えば理想的な自己像が違うため、自己形成の方向性が異なるからである。そこを勘違いすると、教育や子育ての方向を間違ってしまう。

 たとえば、国立青少年教育振興機構により2017年に高校生を対象に実施された国際比較調査をみても、「私は価値のある人間だと思う」という項目を肯定する比率は、米国53.2%、韓国48.5%、中国27.9%に対して、日本は9.6%と極端に低い。

「私はいまの自分に満足している」という項目を肯定する比率も、米国39.4%、韓国33.6%、中国16.0%に対して、日本は8.7%であり、これまた極端に低い。

 どの国際比較調査をみても、同じように日本の子どもたちの自己肯定感は、飛び抜けて低いという結果になっている。だが、そうしたデータをもって、「これは好ましくないことだ」「なんとかしなければならない問題だ」などと短絡的に考えるべきではない。ある意味、そうした結果は当然のことなのである。

いつも自信たっぷりな欧米人、いつも謙虚な日本人

 では、なぜ日本の子どもたちの自己肯定感は、海外と比べてこれほど低いのだろうか。そこには文化的要因が深く関係している。

 このような項目によって測定されると、子どもに限らず日本人は総じて自己肯定感は低くなる。

 私たち日本人は、「自分は価値のある人間だと思いますか?」と尋ねられたとき、「もちろん非常に価値のある人間だと思います」と答えるよりは、「まあ、人並みには価値のある人間だとは思います」と答えることが多いのではないか。また、「今の自分に満足していますか?」と尋ねられても、「十分満足しています」と答えるより、「まだまだ満足とまでは言えません」と答えることの方が多いはずだ。そのように答えるように、私たち日本人は、文化的に条件づけられているのである。

 だからといって、日本人、あるいは日本の子どもたちが、自信がなく、情けないというように判断すべきではない。

 欧米人と接したことのある人は、その自信たっぷりな態度に圧倒されたことがあるはずだ。何を言うにも自信満々に見える。謙虚さなど微塵もない。直接やりとりしたことがない人でも、テレビのニュースや映画などで、欧米人の自信満々に自己主張する姿を目にしたことがあるのではないか。

 ただし、話す内容をよく吟味してみると、たいしたことを言ってなかったり、何の根拠もなく勝手な主張をしているだけだったりする。ゆえに、けっして引け目を感じることはないし、自分たち日本人もあんなふうに自信たっぷりにならねばなどと思う必要もない。

ハッタリで適応する欧米人、謙虚さで適応する日本人

 そもそも自己を肯定し、虚勢を張ってでも自信満々に振る舞い、自己主張していくのは、欧米文化において重視されてきたことである。そのような文化のもとで育つ欧米の子どもたちは、ハッタリをかまして、自信満々に振る舞うようになる。そうでないと生き抜いていけない社会だからだ。中国人も韓国人も、子どもたちは、日本人と比べたら、遠慮なく自己主張する文化の中で育つため、自分勝手な主張も平気でするようになる。

 一方、日本では、謙遜や謙虚さを美徳とするため、自己肯定は控えめにして、相手を尊重することが重んじられる。自己を肯定しすぎるのは見苦しいといった感受性がある。当然、自己主張も控えるようになる。

 そのような文化のもとで育つ日本の子どもたちは、たとえどんなに成果を出しても、自信があっても、「自分はまだまだ力不足です」「もっと力をつけるように頑張らないと、と思います」「みなさんのおかげです」などと言うようになる。子どもたちの模範となっている、活躍しているスポーツ選手や芸能人なども、そのように謙虚な姿勢を見せているはずだ。

 ゆえに、「日本の子どもは世界の中でもとくに自己肯定感が低い」というデータを真に受けて問題視すること自体、大きな勘違いに基づくものと言わねばならない。

 欧米流の自信満々の振る舞いも、日本流の控えめな振る舞いも、それぞれの文化に適応的な自己呈示によって身につけられたものといえる。自己呈示というのは、自分が望む印象を与えるために、自分の出し方を調整することである。欧米では、常に自信たっぷりに自己主張するのが望ましいといった価値観があるため、欧米の子どもたちはどんなに自信がなくても、自信満々に見せなければならない。日本には、謙虚さを身につけた者が成熟した人間であるといった価値観があるため、日本の子どもたちは、どんなに自信があっても、謙虚な姿勢を見せなければならない。

 国際比較データを評価する際には、このような文化的背景を十分考慮する必要がある。データのもつ意味は、それぞれの文化的文脈のもとで解釈しなければならないのだが、データの意味の解釈に疑問を感じざるを得ないことが多い。欧米に追随しようとする教育政策に走りがちな現状を見るにつけ、どうもそのあたりの勘違いが横行しているように思えてならない。

 グローバル化というのは欧米化ではなく、個々の固有な文化を大切にし、認め合うことであるはずだ。日本の子どもの自己肯定感に関するデータも、そうした観点から解釈すれば、けっして単に自信がないというような問題ではないことがわかるだろう。

(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員教授、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした執筆、企業研修・教育講演等を行う。著書に『「やりたい仕事」病』『薄っぺらいのに自信満々な人』『かかわると面倒くさい人』『伸びる子どもは○○がすごい』『読書をする子は○○がすごい』『勉強できる子は○○がすごい』(以上、日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』『仕事で使える心理学』『心を強くするストレスマネジメント』(以上、日経文庫)、『他人を引きずりおろすのに必死な人』(SB新書)、『「上から目線」の構造<完全版>』(日経ビジネス人文庫)、『「おもてなし」という残酷社会』『思考停止という病理』(平凡社新書)など多数。
MP人間科学研究所 E-mail:mphuman@ae.auone-net.jp

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