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ベートーヴェンやナポレオンは超変人だった…“空気を読めない”人こそ偉大になる可能性

文=篠崎靖男/指揮者
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ナポレオン・ボナパルト(「Getty Images」より)

 新型コロナウイルスの感染拡大も一段落つきそうな感じがありましたが、やはりまだまだ細心の注意をする必要があったのだと、今回の東京都の自粛要請であらためて認識させられました。先週末には、桜の名所である上野公園は多くの人々で賑わい、渋谷もたくさんの若者が夜遅くまで繰り出していたと報じられています。

 実際に僕も連休中に都内をクルマで走っていたのですが、電車を避けている人たちが多いとはいえ道路は大渋滞で、少し前まで自粛ムードでひっそりしていたことが信じられないほどでした。

 政府もまだまだ気をつけてほしいと注意喚起していたにもかかわらず、なぜこのようなことになったのでしょうか。そこには、社会心理学でいう「群集心理」が働いていたのだと思います。

 群集心理の特徴として、「一体感」「無責任感」「無名性」の3つを上げることができるそうです。たとえば、「上野公園で花見をする」という共通の目的を持った多くの群衆と一緒にいると、「一体感」が生まれやすくなり自然と気分の高揚を招きます。感情が高ぶれば、冷静な判断力や抑制力を欠きます。すなわち、「こんなに人がいる場所は避けたほうがいいだろう」という、通常ならば当然考えることが考えられなくなってしまうのです。そこにアルコールでも入ってしまえば歯止めは利かなくなり、大騒ぎとなってしまいます。

 しかも、群衆というのは、組織ではないため、個人の役割や義務に縛られることがなく、何をしても構わないという「無責任感」にも結び付きやすいのです。

 さらに悪いことに、周囲には誰も自分のことを知っている人はいません。その「無名性」によって罪悪感も薄まってしまうというのが、社会心理学の考え方です。

 人間は、人と群れることで安心する動物です。そこには、「周囲の人の考えを確かめて安心したい」という心理が働いています。桜の花見に繰り出している多くの人たちや、夜の渋谷で盛り上がっている若者は、まったく同じ目的で集まっているわけですから、その中にいることで、実際には危険な行動であっても、むしろ安心してしまうのです。

 もうひとつ、人間には「多数派に属したがる」という特徴があります。これを、「沈黙の螺旋」というのですが、ここで選挙を例にします。意見が異なる、対立する2つの政党があり、支持率はほとんど同じです。しかし、ちょっとしてきっかけにより、片側の政党が優勢と思うと彼らは雄弁になり、反対に相手の政党は劣勢を恐れて沈黙するようになっていくそうです。その沈黙がますます優勢派を勢いづけ、劣勢派はさらに不利に傾いていきます。無党派層に至っては、「優勢派のほうでいいよね」との投票行動をとり、劣勢の政党はますます少数化し、孤立していくという理論です。

“空気を読めない”人こそ、変革に必要不可欠

 僕が注目したのは、これだけではありません。この「沈黙の螺旋」を発表したドイツの政治学者エリザベート・ノエレ=ノイマン氏は、少数派による孤立を恐れない人々の存在にも加えて触れており、「こうした少数派は、変革のためには欠かせない存在である」と言ったのです。

 日本では一時期、「空気を読む・読めない」という言葉がはやったことがあります。空気を読むという行為は、優勢派の意見に合わせることだと考えてみると、空気を読めない孤立した少数派の中にこそ、新しい発想をし、変革を進めていく人材がいるということになります。

 僕はこの話を知って、ナポレオンとベートーヴェンという、因縁の2人を思い出しました。

 ナポレオン以前の戦争は貴族同士の争いがほとんどで、当人たちも自軍の兵士を失いたくないのが本音でした。そのため、お互いの兵士数や陣形を見ただけで、勝敗を決めてしまうことがあったといわれています。他国から雇った傭兵も多く、フランス共和国家を実現させようと、フランス市民が銃器を持って自分の国のために戦うのとは、まったく士気が違いました。それもナポレオン率いるフランス軍が連戦連勝を続けていた理由のひとつですが、それ以上に、ナポレオンの天才的な新戦法に勝利の要因があったのです。

 それは、静的な陣形で対峙し合うのではなく、わざと戦闘を起こし、両軍を入り乱れさせる状態に好機を見いだすという、今まで誰も考えなかった独特の戦法でした。

 具体的には、まず少ない兵力により弱いと見せかけて、敵の片側から攻め込みます。敵方は「飛んで火にいる夏の虫」と、一挙に潰してしまおうと向かってくるわけですが、その結果、敵陣が崩れます。それを見たナポレオンは、主力を中央からぶつけていくのです。つまり、わざと戦いを動かし、こちらの勝機に結びつけるのです。当時の戦略会議で、常識ある将校たちならみんな口をそろえて反対したであろう新しい戦法を、「空気を読めない」少数派で孤立したナポレオンだからこそ実行し、成功したわけです。

 そんなナポレオンを、自由平等博愛の理想像として、一時は大尊敬していた作曲家が、ベートーヴェンです。彼もまた空気を読めない、むしろ読みたくもないという人物でした。

 なんと彼は、当時最高の音楽教育を完璧に叩き込まれているにもかかわらず、作曲家にとって、世の中に自分の存在感を示す記念すべき交響曲第1番を、今考えても信じられないような不可思議なハーモニーで始めたのです。美しく理解しやすいハーモニーで曲を始めるのが常識の時代に、ベートーヴェンは調性や和音名もわからないような出だしで始めたのです。当時の人々が、口をあんぐり開けていた光景が目に浮かぶようです。

 その後のベートーヴェンは、当初はナポレオンの名前をタイトルにしようとしていた交響曲第3番『英雄』を、大砲の衝撃音のような一撃を二度演奏して始めてみたり、交響曲第5番『運命』を有名な「ジャジャジャジャーン」の独特な出だしにし、またもや聴衆をびっくりさせたりと、作曲した9つの交響曲すべてが当時では常識外でした。

 そして、最後の交響曲第9番では、なんと歌手のソリスト・合唱まで加えてしまいます。当時、もしベートーヴェンが10人の作曲家に「こんな交響曲を作曲したい」と相談したら、みんながみんな毎回口を揃えて、「そんなのは交響曲ではない」と言ったはずです。

 しかしながら、ベートーヴェンのような少数派で孤立しても気にしない人物により、音楽が大きく変革し、その後の音楽が大きく発展することになったのです。

(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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