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日本ペイント、史上最大の奇策成功…海外大手に買収されたかに見せかけて“逆に買収”

文=編集部
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日本ペイント株式会社 HP」より

「ケンカまさ」の異名をとる元バンカーで日本ペイントホールディングス(HD)の田中正明会長兼社長兼CEO(最高経営責任者)が一世一代の大勝負に出た。「名を捨てて実を取る」M&A(合併・買収)大作戦を敢行した。

 日本ペイントHDは8月21日、シンガポール塗料大手、ウットラムグループの子会社になると発表した。日本ペイントは素材の大手企業として初めてアジア企業の軍門に降る。ウットラムが第三者割当増資を引き受け、日本ペイントへの出資比率を現在の39.6%から58.7%へ引き上げる。同時に、両社の塗料事業を統合し、日本ペイントに集約するという二段構えの買収劇だ。

 具体的には、日本ペイントが増資で得られた1.3兆円を使い、ウットラムとのアジアの合弁会社10社を完全子会社とする。ウットラムのインドネシア子会社も約2000億円で買収する。2021年の完了を目指す。

「買収したのはこっちだ」と怪気炎

「日本ペイントがウットラムに買収される」「日本の大手企業がアジア企業の傘下に入る」とメディア各社は、一斉に報じた。ところが、田中会長は、そんな見方を一蹴する。「このM&Aのスキームを考案したのは自分だ」と自慢げに語る。

 M&A劇を再現するとこうなる。「そろそろやりませんか」。5月中旬、テレビ電話で田中氏が切り出すと、ウットラムグループのゴー・ハップジン代表は「ぜひやりましょう」と応じたという。「買収したのはこっちだ」。田中会長は、日経ビジネス電子版(8月27日付)のインタビューで、こう胸を張る。

 田中氏の主張に沿えば、日本ペイントHDは自己資金をほとんど使うことなく、ウットラムとの合弁だったアジア事業(日本ペイントHDが51%、ウットラムが49%出資)を完全に買収できる。つまり、ウットラムとの合弁会社の買収資金をウットラムから調達したということになる。日本ペイントHDは好調な合弁事業を完全に取り込むことで利益を大幅に増やすことができる、との筋書きだ。アジア事業を完全に取り込むには1兆円を超す巨額な資金が必要になる。

「銀行から借りる案も考えました。金利は今、確かに安いですが、全部借りると債務超過になってしまいます。また公募増資はこういう株式市場の環境で実施すると(日本ペイント株が投機筋の)おもちゃになりかねない。(中略)公募増資でいくら調達できるかという懸念(不安)もありました」(「日経ビジネス」<日経BP社>より)

 そこで考えたのが今回のスキーム。ウットラムに対する第三者割当増資で調達した1.3兆円で、ウットラムとのアジアの合弁会社を完全子会社にすれば、日本ペイントHDの利益は格段に増える。日本ペイントHDは懐を痛めることなくアジア事業を手に入れることができるわけだから、ウットラムの子会社になることを受け入れた、という論理なのである。

テレビドラマ『花咲舞が黙っていない』の原作のモデル

 田中氏は1953年生まれ。東京大学法学部卒。1977年に三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。営業や企画など幅広く歩む。2007年、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)傘下の米ユニオン・バンク・オブ・カリフォルニア(現ユニオン・バンク)頭取兼CEOに就き、リーマン・ショック時の金融危機の対応にあたった。2011年、MUFGが巨額出資した米モルガン・スタンレーの取締役にもなった。MUFGの副社長に登りつめ、「トップ候補」と目されながら、15年6月に退任した。

 三菱UFJ銀行出身の作家、池井戸潤はテレビドラマ『半沢直樹』(TBS系)、『花咲舞が黙っていない』(日本テレビ系)の原作者として知られる。『花咲舞』で女優の杏が演じる銀行の美人キャリアが「お言葉を返すようですが」と切り返す決めセリフが話題になった。ドラマの原作『不祥事』の中の「彼岸花」に、企画部門一筋のエリートが次長時代に気に喰わない部下をとことんいじめ抜き、支店に飛ばした逸話が書かれている。出世のためなら人を人とも思わぬこのイやな男、行内では誰もが「モデルは田中さん」と確信していたという。MUFGの副社長(当時)だった田中氏である。「MUFGのトップ候補」と目されながら退任したのは、「人望のなさが災いした」(関係者)といわれている。

経産省相手に大立ち回り演じ「ケンカまさ」の面目躍如

 18年9月、産業革新投資機構(JIC)が発足した。ゾンビ救済機構と揶揄された産業革新機構を改組。JICの初代社長CEOに金融庁参与の田中氏が就任した。新機構は国内最大級の投資会社という触れ込みだった。政府保証枠の約2兆円に旧革新機構の出資を回収した資金や民間資金を呼び込む。経済産業省の認可を受け、子会社のかたちでファンドをつくり、このファンドを通じて企業に出資するというスキームだった。人工知能(AI)など成長分野に特化する企業を選別し、資金を供給するという、積極的な姿勢を示した。

「官民ファンド高額報酬案 産業革新投資機構 年収1億円超も」。18年11月3日付朝日新聞が報じた。JICの4人の代表取締役に業績連動報酬を導入することになり、固定給を合わせて年収約5500万円。年によっては最大1億2000万円が支払われることになると伝えられた。JICは経済産業省所管の公的な組織である。日銀総裁が年収3500万円なのに、税金で賄う公営企業としてはべらぼうな金額だ、と誰もが思った。この報道が引き金になり、経産省幹部が首相官邸に説明に走ったという。

<「1億円を超えるのはまずいんじゃないの。GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)でも、3千万円ぐらいでしょう」。待っていたのは、官房長官・菅義偉氏の否定的な反応だった>(18年12月25日付朝日新聞より)

 菅の一言で、経産省はJICに対する態度を豹変させる。経産省の糟谷敏秀官房長(当時)は9月21日、JICの社長に内定していた田中氏に書簡で取締役の報酬を提示。9月25日、JICが発足。取締役会は報酬基準を決議していた。ところが11月9日、嶋田隆事務次官(同)がJICを訪れ、田中社長に「9月の文書の白紙撤回」を申し入れた。11月24日、嶋田事務次官と田中社長が再び会談。協議は決裂、会談の場で田中社長が怒って席を立った。

 12月10日、「経産省との信頼関係が毀損した」として、田中社長、取締役会議長の坂根正弘氏(コマツ相談役)など民間出身の取締役9人が一斉に辞任した。経産事務次官との会談で、ケツをまくって席を立った田中氏について「いかにも彼らしい」と苦笑いする金融マンがかなりいた、と伝わる。

 そんな田中氏に目をつけたのがウットラムグループのゴー・ハップジン代表だった。会合を重ね、出資先の日本ペイントHDのトップにふさわしいと感じたゴー代表は田中氏を口説いたという。ゴー代表の熱意にほだされて、田中氏は転身を決意した。

ゴー・オーナーのもと、グローバル企業のプロ経営者の道を歩む

 ゴー代表による日本ペイントHD改革の第2弾が、田中氏を会長に招聘することだった。19年3月、日本ペイントHDの会長、20年3月から社長CEO(最高経営責任者)も兼務した。

 今回の事業集約で世界に挑む「形」は整う。世界の塗料市場は20兆円ある。アジアやアフリカなど新興国の伸びで、市場規模は30兆円まで拡大するとみられている。ウットラム・日本ペイント連合は世界4位につけるが、米PPGのインダストリーズなど欧米勢の上位3社との差は大きい。上位3強の売上高はいずれも1兆円を超えるのに対して、日本ペイントHDの2020年12月期の売上高は7300億円の見込み。ウットラムの事業を加えてようやく9000億円に近づく。

「名誉欲が人一倍強い」(MUFG関係者)と評される田中氏はグローバル企業のプロ経営者の道を選択したということなのか。日本ペイントHDが外国資本になっても構わない。「日本ペイントHDをアジア企業に身売りした」というマスコミの批判の大合唱も気にならない。わが道をゆくのが「ケンカまさ」の真骨頂である。

(文=編集部)

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