角川春樹のラスト監督作『みをつくし料理帖』は不遇な女性に捧ぐグルメ時代劇の画像1
Ⓒ2020映画「みをつくし料理帖」製作委員会

「読んでから見るか、見てから読むか」

 そんなキャッチコピーが、1970年代~80年代の日本国内の書店と映画館を席巻した。横溝正史原作の『犬神家の一族』(1976年)を皮切りに、角川映画は次々とヒットし、暗黒時代にあった日本映画界でひとり気を吐いた。薬師丸ひろ子主演作『セーラー服と機関銃』(81年)、原田知世主演作『時をかける少女』(83年)は大ヒットし、彼女たちが歌う主題歌はテレビの歌謡番組を賑わせた。角川映画は出版界、映画界のみならず、レコード業界やテレビ局も巻き込み、メディアミックス戦略は大成功を収める。その仕掛け人となったのが、現在は「角川春樹事務所」の代表取締役会長兼社長である角川春樹氏だ。

 出版人である角川春樹氏は原作小説をベストセラー化させるだけでなく、映画プロデューサーとしても大いに活躍した。千葉真一がアクション監督と主演を兼ねた『戦国自衛隊』(79年)は、今なお娯楽大作として人気が高い。小松左京原作の『復活の日』(80年)は、コロナ禍を予言したかのようなリアルな内容で再評価されている。松田優作と宇崎竜童の共演作として決まっていた『蒲田行進曲』(82年)は、舞台版に主演した風間杜夫と平田満が直訴することで、キャスティングがひっくり返った。舞台裏がリアルな人情話だった。SFアニメ『幻魔大戦』(83年)がきっかけで、漫画家・大友克洋氏はアニメーション制作に参入することになる。『Wの悲劇』(84年)ほど鮮やかに、原作小説を換骨奪胎してみせた映画はない。和田誠監督の『麻雀放浪記』(84年)は不朽の名作となっている。

 今世紀に入っても、『男たちの大和/YAMATO』(2005年)や『蒼き狼 地果て海尽きるまで』(06年)など邦画の枠からはみ出したスケールの大きな話題作を手掛けている。そんな、プロデューサーとして辣腕をふるってきた角川氏が、みずから監督することで映画化したのが時代劇『みをつくし料理帖』。予定していた監督が降板したために、急遽ピンチヒッターとして監督を務めた大森南朋主演作『笑う警官』(09年)以来となる、11年ぶりの監督作だ。

 江戸時代を舞台にした『みをつくし料理帖』の主人公は、平凡な町娘の澪(松本穂香)。刀ではなく、包丁を手に、ままならない世の中に立ち向かう。もう1人の主人公は、澪の幼なじみで遊郭に売られた野江(奈緒)。そんな野江や周囲の人たちを、澪は心づくしの料理でねぎらい、励ましていく。江戸時代のグルメものであり、女同士の熱いバディムービーとなっている。

 料理を作っている間は幸せな気持ちになれる澪だが、しんどい人生を歩んできた。幼い頃に水害で両親と死別、大阪の奉公先の料理屋は火事で消失。江戸に来た澪は、蕎麦屋を営む種市(石坂浩二)から厨房を任されるようになるが、澪が考案した「とろとろ茶碗蒸し」が評判になると、人気料理店が嫌がらせするようになる。そんな澪を支えているのは、少女時代に易者が教えてくれた「雲外蒼天」という言葉だった。どんなに厚い雲に覆われていても、雲を抜ければ青空が広がっている。その言葉を胸に、澪は料理づくりに身を尽くす日々を送る。

角川春樹監督が「少女」にこだわる理由

 主人公・澪の生き方は、原作者・高田郁氏と重なるものがある。兵庫県宝塚市出身の髙田氏は中央大学法学部に進学し、司法試験を受けるも挫折。塾の講師として働くが、塾は倒産。職場の同僚たちが新しい仕事を探すなか、髙田氏は教え子たちの進学先が全員決まるまで職場に残った。子どもの頃からの豊富な読書体験を生かし、漫画原作者になるが、阪神淡路大震災によって実家は半壊。大きな病気も患った。「悔いの残る人生にはしたくない」。髙田氏が小説家になることを決意したのは、40代になってからだった。

 祥伝社から出版した処女作『出世花』が、角川春樹氏の目に留まり、2009年に『八朔の雪 みをつくし料理帖』は出版され、現在はシリーズ累計300万部を超えるベストセラーとなっている。どんなにつらいことがあっても、自分の足元を見つめながら日々の料理づくりに邁進していく澪の姿は、震災やパンデミックを経験し、先行きの不透明な現代社会を生きる現代人の心情にぴったりとフィットする。

 松本穂香と奈緒という若手女優をメインキャストに据えた『みをつくし料理帖』は、角川春樹監督の最後の作品と銘打ったこともあり、豪華キャストが集まり、若い2人を支えている。江戸に来た澪に料理する機会を与えた蕎麦屋の主人・種市には、『犬神家の一族』の石坂浩二。澪が勤めていた上方の料理店の元女将に『蒼き狼』の若村麻由美。長屋の隣人・おりょうには『スローなブギにしてくれ』(81年)の浅野温子。遊郭で孤独に過ごす野江を支える又次は、『男たちの大和』の中村獅童。他にも『里見八犬伝』(83年)の薬師丸ひろ子、『晴れ、ときどき殺人』(84年)の渡辺典子らも出演し、角川春樹監督の引退作に花を添えている。

 最後に角川春樹監督としての、作家性についても触れておきたい。往年の角川映画には男くさいイメージがあるが、『みをつくし料理帖』も含めて8本となる監督作は、ヒロインが印象に残る作品が少なくない。原田知世が主演した『愛情物語』(84年)はミュージカルダンサーを目指す少女が、実の父親かもしれない「あしながおじさん」を探し求めるロードムービーだった。ジャズ映画『キャバレー』(86年)では、三原じゅん子が男たちにさんざん利用される薄幸のヒロインを演じた。『REX 恐竜物語』(93年)は心を閉ざした少女(安達祐実)が恐竜と仲良くなるファンタジーだった。

 角川春樹監督が幸薄い少女への思い入れが強いのには理由がある。角川書店の創業者である父・角川源義氏や弟にあたる角川歴彦氏との軋轢は有名だが、姉である歌人・作家の辺見じゅん氏とは仲が良かった(『男たちの大和』は辺見氏が原作)。角川春樹監督にはもうひとり、義母妹となる真理さんがいた。10歳年下の真理さんのことを角川春樹監督はかわいがっていたが、真理さんは18歳の若さで亡くなっている。自死だった。彼女の悩みに気づくことができなかったことを、角川春樹監督はずっと悔やみ続けたという。

 角川春樹監督作品のヒロインたちは、『みをつくし料理帖』の澪と野江も含めて、みんな悲惨な目に遭う。波乱万丈の人生を送る。泥をすすりながら、それでも前へ前へと進んでいく。角川春樹監督が撮る映画には、亡くなった妹をスクリーンの中で蘇らせようという想いがあるように感じられる。どんなに厚い雲に覆われていても、雲を抜ければ青空が広がっている。『みをつくし料理帖』のヒロインが見上げる青空は、角川春樹監督が夭折した妹に見せたかったものではないだろうか。

(文=長野辰次)

『みをつくし料理帖』
原作/髙田郁 製作・監督/角川春樹 
脚本/江良至、松井香奈、角川春樹
主題歌/手蔦葵「散りてなお(作詞・作曲/松任谷由実 編曲/松任谷正隆)
出演/松本穂香、奈緒、若村麻由美、浅野温子、窪塚洋介、小関裕太、藤井隆、野村宏伸、衛藤美彩、渡辺典子、村上淳、永島敏行、松山ケンイチ、反町隆史、榎木孝明、鹿賀丈史、薬師丸ひろ子、石坂浩二、中村獅童
配給/東映 10月16日(金)より全国ロードショー
(c)2020映画「みをつくし料理帖」製作委員会
https://www.miotsukushi-movie.jp

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