袖にされた「5年前の提案」
「マイナンバー」制度がスタートする直前の2015年6月、同制度を担当する内閣府「番号制度担当室」の官僚に対し、次のような提案をしたことがある。通知カードの一斉配布(2015年10月)が始まる4カ月前のことだった。以下、拙著『マイナンバー』(金曜日刊)から抜粋して引用する。
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――いきなりすべての市民に配るのではなく、例えば公務員の間でテストしてみて、問題点が見つかればそこを直しながら、ゆくゆくは一般市民に拡大していくという段取りを踏んでもいいんじゃないかと思うんです。
「うーん、過去にそういう段階論みたいな議論があったかどうか分からないんですけど、少なくとも今の法律はそうなっていません」
――失敗した時、傷が凄く大きくなるような気がするんです。
「失敗? 何を失敗と考えるか、ですけど」
――お固い公務員の皆さんの「マイナンバーカード」から試用を開始して、何の問題も起きなければ、「だから、あなたのカードも大丈夫です」「私たち自身でちゃんとテストしたから安全です」と言える。問題点が見つかれば、そこを直す。そうすれば、「マイナンバー」や「マイナンバーカード」の安全性や信頼性に相当な説得力を持たせることができる気がするんです。
「……」
――そういう発想が、なかったみたいですね(笑)。
「少なくとも、この法律を作る議論の中では、なかったと思います。システムが動き始めるのは平成29(2017)年の7月なので、まだ2年ぐらい時間があるので、当たり前ですけど始まるまでにこのシステムのテストをします。それ以外にそんなテストがいるかというのは、ちょっとよく分からないんですけど。思っていたとおりにシステムが動くかというのは、1年間ぐらいをかけてテストします」
――一足飛びにやらないほうがいい気がしたんです。
「ただ、もう10月には通知カードの配布が控えていますので……」
――今さら間に合わないということですね。
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政党助成金の監視に使えないのか?
筆者がこのような提案を内閣府にしたのも、どうせやるならきちんと丁寧にやってほしいという気持ちからだった。もし、筆者の提案を柔軟かつ前向きに検討することができていれば、通知カードの配布後にシステム障害が頻発し、全国の市区町村で同時多発的に「マイナンバーカード」の交付業務が滞るような事態は事前に想定できたはずだし、一般市民にまで大迷惑をかけることなく、対策を講じることもできただろう。
さらにいえば、国家公務員や地方公務員が「マイナンバーカード」を活用して生活が便利になる場面を報道機関に取材させ、「マイナンバーカード」導入で到来する理想的な近未来の姿を広報しておけば、「マイナンバーカード」の申請件数を飛躍的に増大させることもできたかもしれない。事前に「マイナンバーカード」を配布する者の中には、政治家も含めるべきだっただろう。なぜなら……。
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――国会議員周辺の金の流れを追跡できるように「マイナンバー」を利用するといいと思うのですが。むしろ、そこから手を付けて……。
「いや、それは他の人と区別なく、同じです。税の手続きをしていれば『マイナンバー』が関係してきますので、あらゆる人と同じだと思います。先ほどの公務員の話と同じで、そうした議論はなかったと思います」
――そうすれば、「マイナンバー」制度の大きなメリットになると思ったんですね。国会議員が正真正銘の「清廉潔白」になると。原資が税金である政党助成金の使い道が大変クリーンになるのであれば、「マイナンバー」制度のメリットとして堂々と打ち出せるはずだと思ったんです。なにも税を取るところでばかり「マイナンバー」を使うのではなく、税の使い道のところでも活用しようよ、ということです。
「仮の話ですけど、仮に不正なことをされている議員の方がいらっしゃったら、それを見つけやすくなるのは、普通の一般の方と全く同じです」
――政党助成金や政務活動費の使い道の監視に「マイナンバー」を活用することはできないんですか?
「『マイナンバー』は税の手続きでしか使えませんので」
――「ごまかしは許さない」という観点が必要なのは、納税でも、税の使い道でも一緒だと思うんです。
「税の手続きに関しては皆、一緒です。不正をやっている人を見つけやすくなるのは変わらないです。ただ、政党助成金や政務活動費の報告の際に『マイナンバー』を使うことはないですね。『マイナンバー』を付けても、あまり意味がないような気が……。(使い道が)本当か嘘かみたいな話を『マイナンバー』で炙り出すことは、難しいですよ」
――「マイナンバー」で捕捉できるのは、カネの流れです。
「『マイナンバー』を書くことで何かできそうなのは、どっちみち、(政党ではなく)議員なり、事務所の話です」
――議員の事務所に「マイナンバー」って付くんでしたっけ?
「いえ、事務所には付きません。企業には『マイナンバー』が付きますけど」
――肝心なのは、政党助成金や政務活動費の原資が税金であり、いかがわしい使い方をする政治家は許されないということです。
「『マイナンバー』は法律で使える範囲を限定していまして、政治の世界とか選挙の世界では使うことになっていないんです。万能じゃないんですよ。『マイナンバー』があれば世の中の不正がすべからく炙り出せるかというと、そうではないんです」
――万能ではないとしても、より広く国民から支持されるような活用方法があると思います。
「それは、法律を改正すれば、今、決まっていない別の事務にも使えるので、それに国民の大半が理解をされれば……」
――もしくは、そういう主張をする政治家なり、政党が現れたりすれば、そうした活用方法も可能である?
「その可能性はあるかもしれません。今の政府では、そこまでは……」
――今は万能ではないけれど、政党助成金の使い道や政務活動費の使い道の監視に「マイナンバー」を活用せよという方向に、国民の総意が向かっていけば、使えるようになるということですね。
「はい、はい」
菅首相は「マイナンバーカード」を持っているのか?
「今の政府」すなわち、当時の第2次安倍晋三政権(2012年12月~2020年9月)の間は、政党助成金の使い道や政務活動費のチェックに「マイナンバー」を活用することはできない、というのだった。
このやり取りから5年が過ぎた今年11月、マイナンバーの交付事務を担当している総務省の住民制度課に「マイナンバーカード」の普及率を尋ねたところ、2020年11月1日現在で21.8%にとどまるのだという。
では、「マイナンバー」制度に賛成し、率先して「マイナンバーカード」を取得しているはずの国家公務員や官僚、そして国会議員における普及率はどうなっているのか。再び総務省住民制度課に尋ねたところ、「こちらではそうした数字は持ち合わせていない」との返事。ならば、菅義偉首相はすでに持っているのか。答えは、「ちょっとこちらでは把握していません」だった。
9月25日、菅首相は「第3回マイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ」の席上、「今から2年半後の令和4年(2022年)度末には、ほぼ全国民に行き渡ることを目指し、普及策を加速してまいります」と発言したのだという。まさか菅首相がまだ「マイナンバーカード」を持っていないとは思えないので【注】、「マイナンバーカード」を作ったことでこれまでにどれほど便利な思いを享受できたのか、ご自身の体験を語ってみてはどうだろう。
(文=明石昇二郎/ルポライター)
【注】時事通信によれば、菅義偉首相は11月4日の衆院予算委員会で、マイナンバーカードは持っているものの、マイナポータルには申し込んでいないことを明らかにしたのだという。