マイナンバー制度が今年1月から開始された。「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」に基づく同制度により、行政における作業が「効率的になる」(内閣官房・番号制度担当室)と強調されているが、行政の効率化によりどれくらいの「節税効果」が見込まれているのであろうか。同担当室に聞いた。
同担当室 「いくら」と言うのは、なかなか難しいですけど。
――「概算で年に●●億円の節税になります」と、具体的に提示したほうがいいと思います。
同担当室 それはよく言われます。マイナンバーに反対している野党などから。
――これは「反対」「賛成」とは関係なく、税の使い道にかかわる話です。マイナンバー制度は、始めたら半永久的にやっていくわけで、最初の舵取りを間違うと、制度が丸ごと“壮大な無駄”になってしまう恐れもあるわけです。国民皆が納得して同制度に協力するためにも、年間でどれぐらいの節約になるのかを公表するのは大変重要です。
同担当室 ええ、そうですね。それはごもっともだと思います。やらなきゃいけないでしょうね、いずれ。
驚いたことに同室は、マイナンバー制度導入による「費用対効果」を説明できないと言うのである。節税になるなら、国がそれを宣伝しないわけがない。つまりマイナンバー制度導入の主目的に「節税」は含まれていないのだろう。
IT投資が大前提
そこで、「行政事業レビューシート」を確認してみた。これは、国の予算が最終的にどこへ支出され、何に使われたかを国民に明らかにするためのもので、府省ごとに自ら作成している。これを見ると、支出先や使途などが事後点検できる。インターネット上でも公開されている。同室が「費用対効果」を説明できないと言うので、この「行政事業レビューシート」を点検してみることにした。
マイナンバーに関係している省庁は、総元締めの内閣官房を筆頭に、内閣府、総務省、厚生労働省、財務省(主に国税庁)である。そして実を言うと、マイナンバー関連予算の使い道を知りたければこの行政事業レビューシートを見ればいいと教えてくれたのは、国税庁だった。
マイナンバー予算がとりわけ多く分配されているのは、総務省と厚労省である。自ら一般競争入札等を実施している事業もあるが、特に目を引く名目は、全国におよそ1700ある地方自治体に対する補助金だ。これは、これまでに電子化を終えていた現行の行政情報システムをマイナンバー制度向けに改修させるためのもので、文末の【表(1)(2)】のとおり厚労省で約21億円、総務省では約250億円にものぼる。
厚労省の使い道で突出しているのは、各健康保険組合や国民健康保険組合をはじめとした各医療保険者に対する「システム改修用」費用。予算で300億円近くが用意されている。
補助金を受け取る地方自治体や保険組合では、マイナンバー導入のためのシステム改修を職員が自力で行なうことなどできない。それは国の中央官庁にしても同様で、従ってそれぞれの現場ごとにIT(情報技術)企業と契約し、システム改修業務を請け負わせることになる。つまり、マイナンバー制度の導入は、もとよりIT投資が大前提となっているのだ。
IT業界向け公共事業
各省庁の行政事業レビューシートを見ると、国がどのIT企業と契約したのかはわかるのだが、地方自治体や保険組合ではそれはわからない。そこで筆者は、総務省からの補助金を受け取っている地方自治体のうち、補助金額の上位10位までの市(すべて政令指定都市)に対し、その使い道を直接尋ねることにした。
一方、厚労省からは【表(2)】のとおり、全国の都道府県に対して約21億円の「システム改修用」補助金が出ている。そんな自治体のひとつである東京都に聞いたところ、以下のような回答を得た。
「政令指定都市には国が直接、マイナンバー導入のための補助金を交付するが、他の市町村は都道府県経由で補助金を分配している。それは、総務省分も厚労省分も同様だ。東京都だけでも合わせて3億円ほどになるのではないか。従って、すべてのカネの流れを把握しようとしても無理だと思う」
とはいえ、今回の取材でマイナンバー予算の使い道の全体像が、おぼろげながら見えてきた。マイナンバーとはつまり、節税どころか血税を大盤振る舞いする“IT業界向け公共事業”なのだ。
おいしい“商い”
改めて、総務省の【表(1)】を見てみると、一番上の欄に「地方公共団体情報システム機構」(略称・J-LIS)とあるが、ここはマイナンバー関連システムの中間サーバー役を務めるところだ。全国の自治体がここにサーバー使用料(負担金)を支払うのだが、国や自治体から流入してくるカネは、今回掲げた【表(1)】から【表(5)】に登場しているものだけでも、合計すればおよそ47億5000万円になる。中間サーバー導入は国の補助金で賄い、その後は黙っていても全自治体から続々と「負担金」が集まってくるのだから、あまりにもおいしい“商い”だ。
そんなJ-LISの監督官庁は総務省。その前身は、総じて国民からの評判が悪かった「住民基本台帳ネットワークシステム」(住基ネット)の運営をしていた「地方自治情報センター」(略称・LASDEC)である。
LASDECが手がけた「住民基本台帳カード」(住基カード)はまったく普及せず、結局、日本の全人口のたった5.5%程度の利用にとどまった。民主党政権時代の10年には、「事業仕分け」の対象にもなっている。LASDECは中央官庁から天下った役員や職員が多く、なかでも総務省OBだった当時の理事長の年収が1800万円と高額だったことで目を付けられたのだ。だが、マイナンバーのおかげでよみがえり、14年4月1日にJ-LISへと改組されていた。
「日経コンピュータ」(日経BP社/14年3月31日号)によると、そのJ-LISが一般競争入札で募った「番号生成システム」を68億9580万円で落札したのは、NTTコミュニケーションズを代表とし、NTTデータと富士通、NEC、日立製作所という、いずれも名の知られた5つのIT企業からなるコンソーシアム(共同事業体)だった。
これらのIT企業の中には、地方自治体が行なう「システム改修」の請負先にもなっているところがある。
「日立製作所、富士通、NECが『大手3社』と呼ばれていて、ウチも日立さんとNECさんにお願いしています」(某政令市)
表(1)~(5)に登場するIT企業の受注総額は、240億円以上。マイナンバーひとつでIT業界には、国と自治体の二方面から大量の仕事が舞い込むのである。
報道によって見方に幅があるものの、マイナンバーの初期費用(イニシャルコスト)は2700億~3000億円、運用費用(ランニングコスト)は年に200億~300億円とされる。その原資はいうまでもなく、私たちが納めた税金だ。
IT投資自体が自己目的化した無駄遣い
国であろうと民間であろうと、IT投資の目的は「業務の効率化」にあることは、論をまたない。にもかかわらず、同制度導入による「費用対効果」を国は説明できないという。おかしくないか。
「費用対効果について特段の数値目標が設定されていないが、行政効率化という本来の目的に鑑みれば、あり得ない」
マイナンバー事業をはじめとした国のIT予算をこのように評したのは、財務相の諮問機関「財政制度等審議会」である。15年6月1日、麻生太郎財務大臣に出した建議(上申書)の中の文言だ。さらに同審議会は同じ建議の中で、
「IT投資自体が自己目的化した無駄遣いとの批判は免れない」
と断じ、憤りをあらわにしていた。IT投資と対になっているのは「コスト削減」である。その削減目標額(=費用対効果)がなんら設定されていないというのだから、“単なる税金のバラ撒きではないか”と、同審議会が憤るのも無理はない。
(文=明石昇二郎/ジャーナリスト)