NEW
梅原淳「たかが鉄道、されど鉄道」

鉄道のブレーキ、空気を抜いて止める?複雑で難操作の「自動空気ブレーキ装置」採用の理由

文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト
鉄道のブレーキ、空気を抜いて止める?複雑で難操作の「自動空気ブレーキ装置」採用の理由の画像1
停止させるのが最も難しいと言われる貨物列車。自動空気ブレーキ装置の圧縮空気を供給する管は機関車前面下に装着されている拳骨型の連結器右のものでブレーキ管という。ちなみに、連結器左の管は元空気だめ管といって、時速110kmで走行する貨物列車を停める際に必要となる強いブレーキをかけるためのものだ。JR九州門司駅にて

 新型コロナウイルスの感染対策について、Go Toトラベル事業のような経済振興策を自動車のアクセル、緊急事態宣言や自粛を同じくブレーキにそれぞれたとえる見方が目立つ。「アクセルが大事だ」「いやブレーキだ」「アクセルとブレーキとを同時に踏んでいる」と識者の意見はさまざまだ。

 アクセルとブレーキとは何だろうか。前者は正確にはアクセラレーターという加速装置で、アクセルペダルを踏むと気化器の絞り弁が開いてエンジンの回転数が増して、出力が向上する。後者はよく知られているように、速度を下げたり停止させる装置で、ブレーキペダルを踏んだ力が油圧や空気圧に変えられ、車輪やブレーキディスクを摩擦力で押さえていく。

鉄道のブレーキ、空気を抜いて止める?複雑で難操作の「自動空気ブレーキ装置」採用の理由の画像2
東北・北海道新幹線で主に「はやぶさ」に用いられるE5系に装着されている摩擦力のブレーキ。車輪の両側にはディスクブレーキ用のディスクがはめ込まれ、車輪に対して直角に取り付けられたブレーキキャリパと呼ばれる装置でディスクを締め付けて車両を停止させる。JR東日本新幹線総合車両センターにて

 当然のことながら鉄道車両にもアクセルやブレーキの役割を果たす装置は存在する。鉄道車両ではアクセルに相当するものは主幹制御器(しゅかんせいぎょき)、鉄道関係者の多くは英語名のマスターコントローラーを略してマスコンといい、ブレーキに相当するものはやはりブレーキという。どちらも手で操作するハンドルまたは弁で、ペダルではない。鉄道車両のなかには運転士の足元に小ぶりなペダルを備えたものもある。けれども、このペダルを踏んでも車両は進みもしなければ止まりもしない。気笛が鳴るだけだ。

 マスコンとブレーキとでは前者のほうが一般にはなじみが薄い。だが、マスコンはアクセルのように、モーターやディーゼルエンジンの回転数を高めたり出力を上げる指令を出す装置なので、一度説明すれば理解していただけるであろう。一方でブレーキは鉄道車両独特の考え方や仕組みがあって結構理解しづらい。

鉄道のブレーキ、空気を抜いて止める?複雑で難操作の「自動空気ブレーキ装置」採用の理由の画像3
貨物列車を引くJR貨物のEF510形の運転室。デスク上に並ぶ大ぶりな3本のハンドルは左から機関車だけにブレーキをかけるハンドル、連結されているすべての車両にブレーキをかけるハンドルで、右はマスコンハンドルである。床に見えるペダルはアクセルでもブレーキでもなく、気笛を鳴らすためのものだ。JR東日本田端車両所にて

 案外知られていない点として、鉄道車両はよほど特殊なものでない限り、車輪やブレーキディスクを押さえて摩擦力で止めるブレーキを必ず装着している。筆者は先日、ある第三セクター鉄道を取り上げたテレビ番組に出演し、現地で解説役を仰せつかった。進行役のアナウンサーさんに鉄道車両のブレーキについて説明する機会があり、動力の付いていない客車や貨車の1両1両にまでブレーキが付いていると説明したところ、たいそう驚かれたことが印象に残っている。

 とはいえ、このアナウンサーさんをあざ笑いたくてこの話を紹介したのではない。実際にかつては鉄道車両の一部、おおむね動力装置を搭載した車両にしかブレーキは装着されていなかった。特に、機関車に引っ張られる貨車の場合、荷を載せて重くなった車両を適切に止めるブレーキの開発が遅れたこともあり、いまのJRの前身の国有鉄道ですべての貨車がブレーキ付きとなったのは1933(昭和8)年のことだ。

 それまでは貨車を連ねた貨物列車の一部にブレーキ付きの貨車を連結し、停止の際には貨車の先頭に立つ機関車の気笛の合図に合わせて車掌がてこを下げたり、ハンドルを回したりしてブレーキをかけるという運転方法が採用されていた。このような状態で長い下り坂を降りて行くとブレーキが効かない恐れが強い。そこで、頂上となる場所でいったん止まり、ブレーキ付きの貨車には片っ端からブレーキをかけて固定し、できる限りスピードを上げないよう恐る恐る走っていたという。

RANKING
  • 連載
  • ビジネス
  • 総合