本連載では鉄道について結構重量級の話ばかり取り上げている。しかし、あまりにヘビーすぎると読むのに疲れてしまうかもしれない。ここは箸休めとして気軽に読めるよう、鉄道の雑学のいくつかを紹介しよう。
1.鉄道用と道路交通用とでは信号機のLEDや電球の点灯順序が異なる
鉄道にはさまざまな種類の信号機がある。そのなかで色灯式信号機といって、LEDだとか電球の色によって信号を表示する仕組みの信号機は、基本的に道路交通用と同じ色でほぼ同じ意味を示す。
道路交通でいう青色の灯は鉄道では緑色灯といい、前に進んでよいという意味となる。同様に黄色の灯は鉄道では橙黄色灯(とうこうしょくとう)という。道路交通用とやや意味は異なるが大きな違いはない。速度を落として注意して進めという意味だ。赤色の灯は鉄道も赤色灯といい、停止を示す。
色も意味も似てはいるけれど、点灯順序は違う。道路交通用は青色の灯、黄色の灯、赤色の灯という順序で点灯し、青色の灯へと戻る。いっぽう、鉄道では緑色灯の次は赤色灯となり、ついで橙黄色灯と点灯して再び緑色灯が点灯する仕組みをもつ。
両者の相違は、信号によって守られるものが存在する場所に由来する。道路交通用は左右からやってきたり、前方にいる自動車や歩行者だ。いっぽう、鉄道の場合はこれから進む先の線路にいる列車となる。
もっと言うと、道路交通用の信号が防いでいるのは出会い頭の衝突事故で、鉄道は大多数のケースで追突事故、単線区間に限り正面衝突なのだ。追突事故を防止するには前後の列車どうしの間隔を空けなくてはならない。後方からの列車が前方の列車に近づいたときは安全のために後方の列車を停止させる。その後、すぐに緑色灯を点灯させて後方の列車を自由に進ませては危険極まりない。という次第で、赤色灯の次は橙黄色灯を示して、一定の間隔を維持させるように努めるのだ。
2.車輪はレールに対して全面が接していない
自動車でもオートバイでも自転車でも、タイヤは地面に対して全面が接することが基本である。鉄道車両の車輪も同じように見えるが、実はそうではない。レール上部で車輪に触れる部分の幅は65mmが標準的であるいっぽうで、車輪のなかでレールに触れる部分は多くは円弧を描いている。具体的には車輪の直径はレールの内側が大きく、外側は内側よりも1mm前後とわずかながら小さくなっているのだ。つまり、車輪はレールに対して1点だけで接しているとまではいかないものの、全面がレールに触れてはいない。
もう少し言うと、車輪に合わせてレール上部もわずかながら円弧を描いている。JRの在来線や私鉄の多くで採用されているレールでは上部の中心から左右15mmの範囲は半径30cm、その外側は半径8cm、新幹線用などのレールでは上部の中心から左右15mmの範囲では半径60cm、その外側は半径5cmだ。
レール上部も円弧を描いているとはいえ、車輪の一部の面しかレールに接触していないので、列車が直線区間を走っているときでも左右に細かい振動が生じてしまう。この振動に加え、車両の前後左右の中心から上下方向、そして左右方向に回転するような振動とが一緒に起きると蛇行動(だこうどう)という不安定な振動が起きる。どのくらい不安定かというと、ばねなどの振動対策が不十分だと乗り心地が悪くなるうえ、速度が上がると急激な揺れが生じて列車を脱線させることすらあるという。
やっかいな蛇行動を防ぐには、車輪の全面がレールに触れればよい。しかし、現実には不可能である。車輪の全面がレールに接触していると鉄道車両はカーブを曲がることができなくなるからだ。
カーブのレールのうち、外側と内側とでは外側のほうが距離が長いので、車輪に求められる回転数は左右で異なる。だが、左右の車輪は車軸で結ばれているので、回転数を変えることはできない。そこで、車輪の直径を変え、カーブの外側では直径は大きく、内側では小さくなるようにしてスムーズに曲がっていけるようにしたのである。
3.レールは直線用の製品しか存在しない
先ほどの車輪の話題でも取り上げたレールは、2017年3月31日現在で延べ4万3442.3kmにわたって敷かれている。レールには1m当たりの重さが30.1kg、37.2kg、40.9kg、50.4kg、60.8kgのものと5種類があり、長さは10m、25m、50m、150mと4種類がある。ところが、形状はどれも直線レールばかりで、メーカーである製鉄会社はカーブのレールを製造していない。
例外は線路どうしが分岐・合流する場所に敷かれるポイント、正式には分岐器(ぶんぎき)だ。こちらはレール単体ではなく、可動部分も含めて一体となって製造されており、カーブのレールが組み込まれている。
さて、実際にカーブの区間にレールを敷くときはどうしているのであろうか。答えは現場で曲げるのだ。その方法も誠に原始的で、大勢の作業員が一斉に引っ張ったり、押したりして、先に敷いておいたまくらぎの上に載せて固定していく。カーブの半径がきついときは、レールベンダーといって大ぶりな万力のようなものを使ってレールを曲げるのだ。
本当のところを言うと、カーブ用のレールは実在する。どのようなものかというと、曲げても折れないようにとか、車輪が表面をこすっても耐えられるように焼き入れ加工を施して強度を高めたレールで、製鉄会社から出荷された時点では真っすぐのままだ。
4.電車のパンタグラフはどうやって上げているのか
電車の屋根に付いているパンタグラフとは、正式には集電装置といって、架線から電気を採り入れるための装置を指す。かつては菱形のものが一般的であったが、近年の電車にはくの字型のものが主流となった。
車庫であるとか駅の構内に電車が留置されているときには、パンタグラフが降ろされている状態をよく目にする。別にどうという光景でもないが、あるとき一人の少年から筆者に質問が寄せられた。「パンタグラフはどうやって上げているのか」と。
確かに少年が疑問を抱くのは無理もない。パンタグラフを上げるには何らかの動力が必要だ。ところが、パンタグラフを上げなければ動力源となる電気を採り入れることはできない。それではいったい電車はどのようにしてパンタグラフを上げているのであろうか。
方法は2通りある。一つはばねの力を利用するというもの、もう一つは圧縮空気の力を利用するというものだ。
最初の方法は新幹線の電車の一部、JRの在来線や私鉄、地下鉄の電車で採用されている。パンタグラフのフレームに取り付けられたばねはパンタグラフが延びる方向に強い力で張られていて、ロックを解除すると勝手に上昇していく。ロックの解除はどうするかというと、バッテリーに蓄えた電気であるとか、ブレーキ用にコンプレッサーがタンクにためておいた圧縮空気を用いる。パンタグラフを下げておりたたむとときはどうするかというと、パンタグラフの根本の近くに設置された空気シリンダーに圧縮空気を入れ、やはりパンタグラフの根本にある軸を回転させると架線まで届いたパンタグラフが折りたたまれる仕組みだ。
もう一つの方法はいま挙げた圧縮空気を用いるというもの。新幹線の車両の一部、それから電車ではないが大多数の電気機関車ではこのような仕組みが採用された。こちらはパンタグラフの根本に設置された空気シリンダーに圧縮空気を入れ、やはりパンタグラフの根本にある軸を回転させて架線へと押し上げる。超高速で走る新幹線の電車、そして電車と比べて大きな電流が生じる電気機関車では強い力でパンタグラフを押し上げていないと架線から離れやすくなってしまう。ばねの力では不十分と圧縮空気を活用するのだ。空気シリンダーは圧縮空気をためておけるので、一度パンタグラフを上げてしまえば圧縮空気を供給し続ける必要はない。
パンタグラフを下げて折りたたむときは空気シリンダーから圧縮空気を抜く。するとパンタグラフ自体の重みで下がる。これだけでは力が足りないときがあるので、パンタグラフのフレームに取り付けたばねをパンタグラフを折りたたむ方向に張っておくつくりをもつものも多い。
(文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)