JR北海道は北海道のほぼ全域、そして青森県の一部で事業を行っている鉄道会社だ。ご存じのとおり、今、JR北海道は大変な苦境に立たされている。同社は15の路線で旅客輸送を展開しているなか、北海道新幹線を含めた全路線が赤字となっているうえ、鉄道事業全体でも巨額の損失を計上しているからだ。営業収支の詳細が記された国の統計「鉄道統計年報」によると、その額は2016(平成28)年度で534億円に上る。
経営難に陥ったJR北海道に対し、奮起を促す意見は多い。増収策や合理化など経営努力が足りないという一般論から始まって、国鉄時代の悪習が抜けていないといった精神論もよく見られる。利用者が激減した末に同社の営業収支を悪化させてしまった路線やサービスを廃止すると、「攻めの姿勢が見られない」と言いがかりを付ける者が鉄道界界隈に何人か見られるのは、嘆かわしい限りだ。
殊によるといま挙げた要素も存在するかもしれないが、筆者の考えではJR北海道の苦境を生み出した要素全体の0.14%にも満たない。JR北海道が経営危機に瀕している根本的な理由を誰も教えてくれないので、この場ではっきり言わせていただこう。日本という国家の力が衰退して、JR北海道を支えきれなくなったからだ。
経営安定基金運用のカラクリ
国鉄の分割民営化が実施されてJR北海道が設立されたのは、1987(昭和62)年4月1日のことである。政府は国鉄の分割民営化に際してJR北海道が鉄道事業で利益を上げられるなどとは、最初から考えていなかった。そこで、JR北海道には6822億円分の経営安定基金が設定され、同社はこの基金の運用益を鉄道事業における営業損失の補てんに充当するという前提で、事業が続けられることとなったのである。
さて、2016年度の経営安定基金の運用益は236億円であった。冒頭に記したとおり、JR北海道は鉄道事業で534億円の損失を計上したので、まったくもって補えない。なおも298億円の損失が残る。
仮にJR北海道が6822億円を自力で運用し、その結果として利益が236億円しか出なかったのであれば、経営努力が足りなかったといわれても仕方がない。しかしながら、元本の6822億円に対して236億円という運用益は3.46%である。今日の日本でこれだけの運用実績は驚異的としかいいようがない。同社の運用担当者のもとには世界中の投資ファンドからヘッドハンティングの話が引きをも切らないであろう。
実は経営安定基金の運用にはカラクリがある。JR北海道は、政府が出資した独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)に実質的にはほぼ全額の6822億円を貸し出したかたちとなっており、鉄道・運輸機構がJR北海道に対して支払った利息を運用益と見なしているのだ。鉄道・運輸機構にはさらに多くの利息を支払ってほしいところだが、長期金利の指標となる新規発売の10年物国債利回りがマイナス0.14%(財務省発表の半年複利ベースの最終利回り。2019年6月26日基準)という状況では望むべくもない。むしろよくぞ3.46%も支払ってくれると喜ぶべきだ。
ここまでの記述でお気づきのとおり、鉄道・運輸機構はJR北海道の経営を支援する役割を果たしている。同機構の収入源は過去に建設した鉄道の路線を鉄道会社に譲渡した資金だが、本当のところは国からの補助金であり、元を正せば国民が納めた税金だ。JR北海道がこの世から消えてなくなればよいというのが国民の総意とは思えないが、とにもかくにもJR北海道が計上した534億円の営業損失を国は補っていない。補えないと言うべきであろう。
反論もあるかもしれない。曰く「かつてのJR北海道はこれほどまでの損失を計上していなかった」と。
という次第で過去のJR北海道の鉄道事業における営業損失をいくつか挙げると、設立初年度の1987(昭和62)年度で536億円、設立から10年が経過した1997(平成9)年度が367億円、同じく20年が経過した2007(平成19)年度が300億円であった。
なるほど1997年度や2007年度と比べればJR北海道の経営努力は足りないかもしれないが、両年度は鉄道事業に必要な投資のいくつかを行っていなかった。その形跡は減価償却費を見れば明らかで、2016年度の239億円に対して1997年度は151億円、2007年度に至っては128億円にすぎず、1987年度でも176億円だ。2016年度の減価償却費についても大多数は国の指導による安全投資に関するものである。もちろん許されないものの、営業損失を最小限に抑えたければ2013(平成25)年に頻発した列車の脱線事故や車両のトラブルをある程度容認すればよい。そうすればここまで営業損失は悪くならないはずだ。
経営安定基金の運用益も低下の一途をたどってきた。1987年度は498億円も得られたのに対し、1997年度で324億円、2007年度で273億円であり、2016年度は先述のとおり236億円である。高度経済成長期やバブル時代の日本をご存じでない方は驚くかもしれないが、元来経営安定基金の運用益の利率は年7.3%として設計されていた。当時の日本にはこれだけの利率でも支払える国力があったのだが、いまはもはやない。それどころか、10年物の国債を購入しても最初から資産が目減りすると予想されていることからもわかるとおり、日本は今後も成長の見込みはないと悲観視されているのだ。
JR北海道がこの世から消える日
JR北海道は2019(平成31)年4月9日に「JR北海道グループ長期経営ビジョン・中期経営計画・事業計画等」を発表した。2031(令和13)年度中に連結決算で利益を計上するという目標のもと、諸々の経営計画書の要約である「JR北海道の『経営自立』をめざした取り組み」、長期経営計画をまとめた「JR北海道グループ長期経営ビジョン 未来2031」、中期経営計画をまとめた「JR北海道グループ中期経営計画2023」、直近の事業計画をまとめた「事業計画(アクションプラン)」から成り立っている。
いま挙げた経営計画を見ても、JR北海道の将来は暗い。なぜならば、2031年度に連結決算で利益を上げたいとは言うものの、貨物列車と共用している関係で抑えられている青函トンネル内での北海道新幹線の列車の高速化や青函トンネルの維持管理費問題、利用者が非常に少ない路線を維持する仕組みの3項目が「当社単独では解決困難な課題」として記されているからだ。しかも、これら3項目を金額に換算すると約200億円にも達する。まさにJR北海道の命運を左右する重要な事柄であるにもかかわらず、同社にはどうすることもできない。
筆者は、JR会社法と呼ばれる旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律で「旅客会社の経営安定基金」として制定されている第十二条を改正すべきであると考える。経営安定基金の運用益を国家の予算に組み入れ、国会で審議した後にJR北海道に交付するのだ。
審議の際には、どの部門の何の損失をどこまで補うべきかまでを決める必要がある。そして、国会で運用益の適用が認められなかった事業については、JR北海道の経営から分離してよいと定めておく。
もしも、国の予算でJR北海道の運用益を支払えないというのであれば、年7.3%と設定された運用益をなんとか拠出できるよう、日本を発展させなければならない。少子高齢化が進むなか、これらのどちらも不可能だという意見にも一理ある。ならばそのときこそJR北海道がこの世から消えるのだと覚悟してほしい。
(文=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)