厚労省による人災、さらにコロナ感染拡大…頑なにPCR検査抑制、疫学調査の情報を非開示
1月18日に召集された第204通常国会の目玉の一つが感染症法の改正だ。世間の関心は、入院拒否に対する罰金・罰則に集まっているが、もっと重要なことがある。それは、クラスター対策の見直しだ。本稿では、この問題を取り上げたい。
厚労省がクラスター対策を新型コロナウイルス(以下、コロナ)対策の中心に据えてきたのは周知の事実だ。コロナ対策本部の下に「クラスター対策班」を設置し、「データチーム」と「リスク管理チーム」を設けた(図1)。
前者は国立感染症研究所、後者は東北大学が担当し、北海道大学や国際医療福祉大学などが協力した。押谷仁・東北大学教授をはじめとしたコロナ感染症対策分科会などのメンバーや西浦博・京都大学教授(元北海道大学教授)などは、「クラスター対策班」のメンバーとして活動し、その成果を発表してきた。日本のコロナ対策を実質的にリードしてきた組織といっていい。
「クラスター対策班」の主たる業務は、積極的疫学調査の分析だ。積極的疫学調査は、感染症法に規定された法定検査で、日本のコロナ対策は、この調査で得られた情報を元に議論されてきた。極めて重要な情報だ。感染症法の1~3類に規定された感染症が発生した場合、保健所は都道府県の関係部局と連携して、この調査を実施する。実施要綱などを作成するのは、国立感染症研究所だ。
積極的疫学調査では、感染者を発見したら、保健所が濃厚接触者を探しだし、PCR検査を実施する。もし、感染していれば、さらに濃厚接触者を探し、芋づる式に感染者を見つける。この芋づるをクラスターと呼ぶ。昨年の第一波が収束した際、安倍晋三首相(当時)は「日本モデルの成功」と発言し話題となったが、この「成功」に大きく寄与したのが、積極的疫学調査といわれている。
ただ、クラスター調査は、世界のどこでも実施している標準的な感染対策だ。なぜ、日本だけが「成功」するのだろう。それは日本と海外はやり方が違うからだ。海外では感染者が見つかると、その後、接触した人を洗い出し、発症するか調査するが、日本では、感染者の過去の行動を調べ、接触者を探しだし、彼らを検査する。海外と比べ、日本のクラスター調査は徹底していることになる。厚労省は、積極的疫学調査により、感染源や感染経路が判明し、「三密」のリスクをいち早く明らかにしたと言うが、宜なるかなだ。
積極的疫学調査が唯一無二のコロナ感染対策に
日本の積極的疫学調査が、優れた「調査研究事業」であることは論を俟たない。ただ、そのために全国の保健所を動員しているのだから、そのコストは膨大だ。ところが、このことは、あまり議論されない。
積極的疫学調査の問題は、これだけではない。私が最大の問題と考えるのは、本来、「調査研究事業」である積極的疫学調査が、いつのまにか唯一無二の「コロナ感染対策」になってしまったことだ。
このことは関係者も公言している。コロナ感染症対策分科会の委員を務める押谷教授は、3月22日のNHKスペシャル『“パンデミック”との闘い~感染拡大は封じ込められるか~』に出演し、「すべての感染者を見つけなければいけないというウイルスではないんですね。クラスターさえ見つけていれば、ある程度の制御ができる」「PCRの検査を抑えているということが、日本がこういう状態で踏みとどまっている」と述べている。
彼の発言が間違っていたことは、その後の経過をみれば一目瞭然だ。第一波の時点からPCR検査体制を強化してきた中国や韓国などの東アジア諸国が、コロナ感染を抑えこんできたのに対し、日本は全土に蔓延させてしまった。日本人はマスクやソーシャル・ディスタンスについては、政府の指示を守ってきたのだから、クラスター対策に固執し、PCR検査を抑制した彼らの責任は重い。
関係者が積極的疫学調査について自画自賛している間に、この調査は、本来の目的から離れ、何をやってるかわからなくなってしまった。この過程を反省しなければ、日本はまた同じ失敗を繰り返す。
繰り返すが、積極的疫学調査の目的は感染経路と感染源の「調査」だ。本来、感染経路の解明という目的のためには、接触した人は全員調べなければならない。さらに、コロナは唾液の飛沫感染だけでなく、多くはないが、エアロゾルによる空気感染により伝染することも知られている。このような可能性も調べるため、接触した人だけでなく、同じ場所にいた人もすべてPCR検査を実施すべきだ。さらに、感染経路を解明するなら、中国で報告されているように、輸入された冷凍食品などを介した感染も調査すべきだろう。
ところが、厚労省はそのような対応はしなかった。それは、前述したように、積極的疫学調査が感染症法で規定されている法定調査だからだ。コロナの感染が拡大すると、日本全国で実施できなければならない。しかしながら、保健所の人的資源には地域格差がある。地方の保健所は、都市部ほど人的リソースはない。積極的疫学調査は、このような保健所でも実行可能なものにしなければならない。
「マスクをしていたら感染しない」という前提
昨年4月、国立感染症研究所は実務上の観点から濃厚接触の条件を1メートル以内の距離で、マスクなしで、15分以上話した人に定義を変更した。この結果、保健所が連絡しなければならない濃厚接触者は大幅に減少した。
この変更は、積極的疫学調査の結果の信頼性を大きく損ねることとなった。私が編集長を務めるメールマガジン「MRIC」に首都圏の保健所で働く保健師が寄稿してくれた。「濃厚接触者探し、クラスター対策の虚構~現場保健師の実体験から~」というタイトルで1月15日に配信した。この保健師の指摘は興味深い。
保健師は『(濃厚接触者の定義として)ポイントとなるのは、マスクしているか、していないかである。その際、マスクの質は問わない。あくまで聞くのはマスクの有無のみである。調査において「マスクをして会っていましたか?」と尋ねた場合、「マスクをして会っていました」という返答だと陽性者と接触があった人であっても濃厚接触者にはならない。そして、マスクをしていた場所は感染場所にはならない」と述べている。
マスクをしていたら感染しないという仮定は、およそ合理的でない。「正しく」マスクを装着することで、感染はかなりの割合で予防できるかもしれないが、すべてではない。また、実社会では「正しく」マスクを装着していない人も多い。
マスクの扱い方については、保健所関係者では常識らしいが、私は知らなかった。この保健師の主張を聞けば、第三波で飲食店が標的となったのも納得できる。日常生活でマスクを外すのは食事の時と自宅だからだ。職場や訪問した場所でマスクをつけていれば、最初から濃厚接触者と見なされず、積極的疫学調査の対象から外れる。この結果、飲食店でのクラスター発生が過大評価される。これこそ、今回の緊急事態宣言で、飲食店が規制対象となった理由だ。
「東京で約6割の人が感染経路不明なんですけど、そのうちの大部分は、飲食店だと専門家の委員会の先生方が言っています」と菅義偉首相が説明し、飲食店を中心に規制するのは合理的ではない。第三波の感染経路の中心が飲食店でなければ、飲食店を規制しても、感染は抑制できない。一方で飲食店経営者が蒙る経済的被害は甚大で、その一部は税金で補填されることとなる。
こんなことをしていると感染の実態がわからなくなる。保健師は「保育園で複数の保育士が感染しました。彼らの家族はPCR検査が陰性だったので、職場感染を疑いましたが、ずっとマスクをしていたので集団検査は実施できませんでした」という。これでは、園児を感染の危険に曝すだけだ。ますます感染は蔓延する。マスクの有無にかかわらず、広く徹底的に検査の機会を提供すべきだ。
厚労省の暴走
今回の感染症法改正では、積極的疫学調査とPCR検査のあり方を見直すべきだが、厚労省にそのつもりはない。権限維持に汲々としている。
1月8日、国立感染症研究所は「新型コロナウイルス感染患者に対する積極的疫学調査実施要領」を、従来の「(大流行下では)、感染経路を大きく絶つ対策が行われているため、個々の芽を摘むクラスター対策は意味をなさない場合がある」と書かれていたのを、「効果的かつ効率的に積極的疫学調査を行うことが重要になる場合がある」と訂正した。あまりに姑息なやり方だ。
厚労省の暴走はこれだけではない。筆者が入手した改正感染症法の「法案概要」には「積極的疫学調査の実効性の確保」として、「正当な理由がなく答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をし、又は正当な理由がなく調査を拒み、妨げ若しくは忌避した場合の50万円以下の罰金を規定する」とある。そもそも調査への参加は自由意志でなければならないし、調査への参加を罰則付きで強制した場合、その結果にバイアスが生じるのは明らかだ。
さらに、厚労省の宿痾とも言える情報開示に消極的なことは、今回の感染症法改正でも是正されなかった。積極的疫学調査の結果は「関係自治体への通報を義務化」されただけで、「HER-SYS」という電磁システムを用いて国が一元管理することになるデータを関係者で共有するようにはしなかった。厚労省関係者は「国立感染症研究所を中心とした行政機関で情報を独占し、民間研究者などに開示、二次利用させない仕組みを維持した。結果として、国民の知る権利を侵害している」と憤る。
中国と韓国の成功に学ぶべき
では、クラスター対策の代わりに何をすべきか。それは検査体制の強化だ。これについても、厚労省は抵抗を続けている。
コロナの特徴は感染しても、無症状の人が多く、彼らが周囲にうつすことだ。対策の肝は無症候感染者対策といっていい。ところが、厚労省はクラスター対策で充分という立場をとり続け、PCR検査を抑制し続けてきた。感染者が増え、PCR検査抑制が問題視されるようになると、「闇雲にPCR検査を増やしても意味がない」と弁明するようになった。11月25日の衆議院予算委員会で田村憲久厚労大臣は「アメリカは1億8,000万回検査しているが、毎日十数万人が感染拡大している」と答弁しているが、これも滅茶苦茶だ。
注目すべきはPCR検査数を感染者数で除した数字だ(図2)。一人の感染者を見つけるために、どの程度のPCR検査を実施したかを示している。中国が6,262回と突出し、ニュージーランド1,592回、オーストラリア429回と続く。日本は18.9回で16位だ。米国は12.3回で日本以下である。アメリカの感染者数から推定するに、はるかに多くの無症状感染者がいる。アメリカの検査数は、このような無症状感染者を見つけるには足りないのだ。
仮に住民の0.1%が無症状感染だとすると、一人の感染者を見つけるためには、1,000人の検査が必要となる。まさに、中国が採った戦略だ。1月5日、北京近郊の石家荘で54人の感染者が確認されると、1,100万人の検査を実施することを決めた。さらに北京で変異ウイルスの感染が確認されると、350万人の市民を対象にPCR検査を行うという。
このような徹底的な検査体制のため、世界で唯一、中国は国内の大流行を沈静化させたあと、再燃させていない。日本が見習うべきは、このような成功モデルだ。ところが、厚労省が準備した改正感染症法の「法案概要」には、「行政検査を行うに当たって、都道府県知事等は、無症状者を含む患者の迅速な発見のため、感染症の性質、地域の感染状況、感染症が発生している施設・業務等を考慮することを明示する」としかなく、医療機関や介護施設などのエッセンシャル・ワーカーを対象としたスクリーニング検査や、昨年末からPCR検査数を増やすことに貢献した民間検査センターへの支援には言及されていない。次のパンデミックでも厚労省はPCR検査を抑制する方針を崩さないことを意味する。
コロナ対策は、医学的に合理的でなければならない。そろそろ、積極的疫学調査のあり方をみなおし、検査体制を強化するように方向転換する時期だ。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)