資生堂の2020年12月期連結決算は最終損益が116億円の赤字(前期は735億円の黒字)に転落した。売上高は前期比18.6%減の9208億円で1兆円の大台を割り込んだ。本業の儲けを示す営業利益は86.9%減の149億円だった。
新型コロナウイルスの感染拡大で化粧品販売が振るわなかった。デパートや化粧品専門店への来店客が減少。日常生活でマスク着用が定着して、メーキャップ商品の販売が落ち込んだ。入国制限によるインバウンド(訪日観光客)の需要が激減。従業員の店頭派遣を停止した期間の人件費やイベント中止に伴うキャンセル料など、新型コロナによる特別損失を186億円計上したことが響いた。
国内事業は売上高が前期比29.7%減の3030億円、営業利益は86.3%減の105億円。Eコマース(ネット通販)の売り上げは伸びたが小売店の臨時休業や時短営業が続き、プレステージブランド(超高級化粧品)やプレミアムブランド(高価格帯化粧品)を中心に減収となった。インバウンドに人気の高級ブランド「SHISEIDO」などプレステージの売り上げは40.6%減の683億円にダウン。主力の化粧水「エリクシール」などプレミアムも30.7%減の1629億円となった。
第2の柱である中国事業は、20年3月下旬から感染者数が減少したこともあり、回復基調が続いた。実店舗の拡大に加えEコマースが伸長し、売上高は9.0%増の2358億円となった。プレステージの売り上げが21.6%増の1231億円と大きく伸び、日本国内の1.8倍となった。しかし、マーケティングの強化などによる経費の増大もあって、営業利益は37.1%減の184億円にとどまった。
これまで大きく伸びてきた各国の空港免税店のトラベルリテ―ル事業は売上高が19.8%減の985億円、営業利益は53.2%減の146億円だった。東南アジアなどアジア・パシフィックや米州、欧州事業も減収減益を余儀なくされた。
21年12月期の連結決算の最終損益は115億円の黒字転換を見込む。売上高は前期比19.4%増の1兆1000億円、営業利益は2.3倍の350億円と大幅な増収・増益を計画している。新型コロナ禍で国内や欧米で急減した化粧品需要の回復を期待している。中国では高価格帯のスキンケア化粧品を中心に販売増を想定している。日用品事業売却の影響は精査中で今期決算には織り込んでいない。
ドラッグストア向けの日用品事業を1600億円で売却
ヘアケア商品「TSUBAKI」を含むパーソナルケア(日用品)事業を欧州系大手投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズに売却する。売却額は1600億円。
「TSUBAKI」のほか男性用ブランドの「uno(ウーノ)」、ボディーケアブランド「シーブリーズ」などが対象。日用品販売子会社のエフティ資生堂(東京・中央区)など国内事業を移管する新会社を21年上半期に設立し、7月に全株式をCVCに譲渡する。中国など海外の10の地域の関連事業も売却する。資生堂は事業運営会社の親会社の株式を35%取得、役員の派遣などは当面、続けるが、連結対象からは外れる。
日用品事業の売上高は19年12月期に日本・中国・アジアの合計で1053億円と全体の9%を占めた。販路はドラッグストアなどで安売りされやすいうえ、不特定多数の個人が対象であるため、マスメディアに大規模な広告を打つ必要がある。同事業に投じるマーケティング費用は毎年250~300億円にのぼり、収益への貢献度は低かった。
魚谷雅彦社長は「日用品はマス広告を使うなどビジネスモデルが化粧品と異なる」と説明。日用品事業を切り出すことで、強みとするプレステージ、プレミアムなど高価格帯の化粧品に経営資源を集中する。
日用品を生産している久喜工場(埼玉県久喜市)はファンドへの売却対象に含まれていない。資生堂が製造を続ける。
インバウンドバブルが弾け、年間4310億円の化粧品需要が蒸発
コロナ前はインバウンド景気で賑わっていた銀座最大の商業施設「GINZA SIX(ギンザ シックス)」で大量閉店が相次いだ。インバウンドバブルの崩壊を象徴する出来事だった。資生堂は地下1階の化粧品売り場に最高級ブランド「SHISEIDO」を出していたが、撤退した。
化粧品業界はインバウンドの増加と軌を一にして成長してきた。市場調査会社の矢野経済研究所の統計によると国内化粧品市場は免税制度が拡充した14年から成長が続き、19年度は14年度比16%増の約2兆7000億円に達した。
観光庁によれば19年に2985万人にのぼった一般訪日客の化粧品・香水の消費額は1人当たり1万4439円。客数に単価をかけた単純計算で訪日客向け化粧品市場は4310億円と、全体の16%を占める。
インバウンドバブルの崩壊で4310億円の市場が蒸発したことになる。国内化粧品メーカーは危機的状況に陥った。大きな需要が消失するという渦中に、資生堂が失態を演じたことはあまり知られていない。自社EC(ネット通販)サイト「ワタシプラス」で起きた騒動だ。昨年11月11日から、主力ブランドの「SHISEIDO」の化粧水と美容液、美白クリームの3点セットを2万9700円で販売した。この3点合計の定価は3万5860円であり、6160円も安かった。
化粧品専門店(リアル店舗)がこれに激しく反発した。総合スーパーやドラッグストアの安値攻勢に神経を尖らせている状況に、メーカーまでが値引き競争に加速するのであれば、まさに死活問題だ。「定価で売っている我々がバカをみる」と抗議した。11月30日に値引き販売を停止。魚谷社長が専門店に「お詫び文」を出した。
インバウンドバブルの崩壊で、訪日客に人気があった高級化粧品「SHISEIDO」が大量在庫になったため、在庫を減らすために値引き販売したわけだ。目先の利益にとらわれてブランドイメージを自ら傷つけたことになる。
中国での高級化粧品に活路を求める
日本コカ・コーラで数々のヒットCMを手掛け、マーケティングのプロといわれた魚谷氏が14年4月、資生堂の社長に就任し、低迷していたブランドの再生を託された。
ブランド再生のキーワードはプレステージブランド、ボーダレスマーケティングだった。ボーダレスマーケティングとはインターネットの普及により国境の壁をなくして売り込む戦略を指す。魚谷氏が最も得意とするところだ。
プレステージブランドでは「SHISEIDO」や「クレ・ド・ポーボーテ」といった高価格化粧品に注力。中国人観光客に焦点を合わせ、日本でプレステージ化粧品を手にとってもらい、帰国後、中国で購入してもらうという、ボーダレスマーケティングが功を奏した。資生堂は蘇り、魚谷氏は24年までの続投が決まった。
こうした最中、コロナ禍によるインバウンドの蒸発が魚谷体制を襲った。中国市場が頼りである。中国の化粧品市場は拡大が続く。英国の調査会社、ユーロモニターインターナショナルによると19年は約4兆5000億円と15年に比べて6割増えた。経済成長に伴って中間層が厚みを増しており、24年には7兆4000億円に市場が拡大すると予測されている。中国の化粧品の市場規模は、すでに日本の2倍だ。インバウンド需要を一気に失った化粧品各社は中国向けの電子商取引(EC)に活路を求める。
日本では店頭で試した後に買う人が多くEC利用率は6%弱にすぎないが、中国のEC購入率は7割と圧倒的に高い。昨年11月1~11日に開かれた中国の年間最大のネット通販「独身の日」の取扱高は12兆円にのぼった。アリババの越境EC(電子商取引)サイトでは日本の製品・サービスが米国などを抑えて5年連続で第1位となった。
輸入ブランドのトップは日本の美顔器メーカーのヤーマン。4位がスキンケア系の化粧品を伸ばした花王。5位の資生堂は30以上の化粧品ブランドを扱った。 資生堂は高級化粧品プレステージブランドのEC取引に活路を見いだそうとしている。
(文=編集部)