2月4日付日本経済新聞に、2つの企業のリストラに関する記事が載っていた。ひとつはアパレル大手のワールドで、もうひとつは資生堂だった。
ワールドのリストラはコロナ禍による経営悪化のためで、7ブランドの廃止、450店の閉鎖、100人の希望退職の募集などを行う内容になっている。つまり、業績悪化に伴う事業縮小という、よくあるパターンのリストラといえる。
一方、資生堂のリストラは、「TSUBAKI」や「uno」といった比較的競争力の高いブランドを含む日用品事業を、外資系投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズに1600億円で売却し、高価格帯の化粧品に注力していくという内容である。
驚くべきことに、今回売却する日用品事業は赤字事業ではなく、売上高営業利益率5~10%程度であるにもかかわらず、縮小する国内市場を主たる対象としているため、今後の成長が見込めないという理由による。一方、高価格帯の化粧品に関しては中国市場をはじめ、拡大する海外市場で大いなる成長を目指していくとのこと。まさに大胆な選択と集中が行われようとしているわけである。
TSUBAKIの成功
今回売却されることになったTSUBAKIは2006年に発売され、SMAPのテーマ曲が流れるなか、何人もの大物女優が登場するCMを覚えている人も多いのではないだろうか。当時、業界関係者も驚くほどの莫大な広告費が投入され、その後、シェア1位を獲得し、資生堂に大きな富をもたらした。unoも同様のパターンで強いブランドを構築することに成功した。では、なぜ資生堂において、これほどまでに大きな広告費を投入することが可能であったのか。
資生堂は日本初の洋風調剤薬局として誕生し、その後、化粧品業界に進出した。1923年にはチェーンストア制度を採用し、美容部員制度や顧客を組織化した“花椿会”などを整備し、事業を拡大させてきた。
しかしながら、強固なチェーンストアを中心とした販売網が足かせとなり、1970年代後半から台頭してくるGMS(総合スーパー)、1980年代からのCVS(コンビニエンスストア)やドラッグストアに対応できず、競合に後れを取ることになる。グループ売上は低下し、マーケティング部門においても売れないために、さらに新しいブランドを追加し、開発やマーケティングコストをかさませるという負のスパイラルに陥り、2000年には100以上ものブランドを抱えていた。
こうしたブランドを2008年には21ブランドにまで絞り込み、集約したブランド群の核となるものを“メガブランド”とし、これらの開発やマーケティングに資金を集中させることで、圧倒的なシェアを持つ強いブランドに育成していく方針が打ち出された。つまり、徹底した選択と集中が行われたわけである。
2005年8月から「マキアージュ」「uno」「アクアレーベル」が発売され、2006年3月に“メガブランド”第4弾として「TSUBAKI」が市場に投入された。
“プロ経営者”の存在
このように、資生堂においては大胆な選択と集中に関する成功体験があり、社内に根付いていたとも考えられる。さらに、今回の事業売却に関しては、社長である魚谷雅彦氏の存在も大きな影響を与えていることだろう。
魚谷氏は米コロンビア大学でMBA(経営学修士)を取得し、クラフト・ジャパン副社長、日本コカ・コーラ社長などを経て、2014年より資生堂の社長を務めている。経営者として会社を渡り歩く、いわゆる“プロ経営者”の代表的な存在である。外部から登用され、しがらみのないプロ経営者の場合、大胆な決断・改革を行いやすい。
もちろん、叩き上げ社長の有効性を否定するつもりはないが、たとえば国際市場で存在感を増す中国のICTやエレクトロニクス企業の強みのひとつには、創業者の強いリーダーシップがあると考えている。一方、日本の大手企業の場合、創業から長い時を経て、創業者が企業を去っている場合が多い。
DX(デジタルトランスフォーメーション)やポストコロナ時代への対応など、今後、多くの日本企業において大きな変革が求められることだろう。こうしたなか、プロ経営者はますます注目を浴びることになるかもしれない。
(文=大﨑孝徳/神奈川大学経営学部国際経営学科教授)
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