「今回の人事で、日産自動車との間ですきま風が強まるのは間違いない」――。ある三菱自動車関係者がこう指摘する「人事」とは、同社が25日に発表した取締役会長人事のこと。同社を約15年にわたり引っ張り、昨年8月に死去したカリスマ経営者の故益子修氏の後任人事で、その座についたのが経済産業省OBの平工奉文氏。「通常ならアライアンス相手の日産か、三菱グループから来るのが筋」との事前予想を覆した格好だ。自動車業界関係者の間では、「日産、ルノー、三菱自の3社によるアライアンスを解消させる布石」と捉える向きも出ている。
三菱商事会長が経産OB会長を呼び、三菱自改革の主導権を握る思惑
6月の株主総会をへて取締役会長に就任する平工氏は、1978年に旧通商産業省に入省し、製造産業局長などを務め、2010年に退官後は日本IBMの特別顧問に就任している。平工氏は三菱自の取締役会議長を務め、経営を監督する役割を担い、実際の経営の執行は加藤隆雄最高経営責任者(CEO)が担う。
今回の平工氏の会長就任には、三菱商事会長で三菱自社外取締役を務める小林健氏からの強いプッシュがあったとされる。三菱商事関係者によると「2022年度からの新中期経営計画で三菱自に大ナタを振るう主導権を握るため、息のかかった経産OBを呼び込んだ」という。
三菱商事側のこの思惑に加え、「もともと⽇産からトップを呼ぶ声が出ていたが、 ⽇産の内⽥誠社⻑兼CEOとルノーのスナール会⻑を⾒返したい加藤⽒が独⽴性を根拠に断った」(冒頭の三菱⾃関係者)というから、3社のアライアンスの協⼒関係は弱まりこそすれ、強まることはなさそうだ。
巨額赤字を計上する、「お荷物」の三菱自
三菱商事が今月発表した20年第3四半期決算では、セグメント別では自動車・モビリティが87億円の純損失と巨額赤字を計上した。三菱自の構造改革として早期退職の手当などの損失計上があったとはいえ、三菱グループ内の「お荷物」であることは明白だ。三菱商事の垣内威彦社長は競合他社の伊藤忠商事の猛追による「総合商社首位陥落」が確実視される中で、「正直忌々しいとすら思っているはずだ」(先の三菱商事関係者)。このあたりの事情については、本サイトでもすでに書いたのでご参考にしていただきたい。
固定費削減も攻め手がない三菱自
三菱自は今月発表した20年第3四半期決算で、21年3月期の連結最終損益が3300億円の赤字になると発表した。固定費削減などにより従来予想から300億円を上方修正し、構造改革の成果を一定程度示した格好だ。
三菱自は20年7月に発表した中期経営計画で岐阜県内の子会社パジェロ製造の工場閉鎖などを盛り込んだほか、同年11月には希望退職を募集し、計画より多い654人が応じた。池谷光司最高財務責任者(CFO)は今月の20年第3四半期決算会見で、固定費について「21年3月期までには18%削減するめどがたった」と話し、22年3月期までに2割削減するとした当初計画よりも進捗が早いことを強調。「21年3月期の黒字化は確実にできる」とした。
ただ、三菱自社内では「いくら固定費を削減しようが所詮、攻めの戦略がない以上、来年度以降は収益を上向かせるのは難しい」(同社中堅幹部)と冷ややかな見方が少なくない。同社は昨年末に新型多目的スポーツ車SUV「エクリプスクロス」を発表したが、国内での販売目標は月間1000台と控えめで、とてもではないが全体の業績を押し上げるには力不足だ。
会長人事の影響で日産が技術提供をしぶる可能性も
攻めの戦略を加速させるには、新車の投入ペースを速めるなどの施策が必要だが、三菱自単体では開発力も技術力も不十分なのはいうまでもない。そのため、アライアンス先の日産からの人や技術の支援が死活的に重要となってくるが、そこにきて、今回の会長人事である。日産から「そんなに三菱グループだけでやりたいなら、さっさと株を買い取ってアライアンスを解消すればいい」との反感を買うのは必定だ。ある全国紙記者は「今は日産が自社の建て直しに専念しなければならないから表だって不満を言わないだけで、一段落たったころに日産側からアライアンス解消も含めた交渉が本格化する可能性がある」と予想する。
三菱自は頼りの東南アジアでも主力のタイでコロナが再拡大していることなどから、当面は業績の低迷が予想される。「呉越同舟」を絵にかいたようなアライアンスの一員として、三菱自の難しい舵取りをどうとるのか、加藤氏の手腕に注目が集まっている。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)