世界で半導体不足が発生し、自動車産業だけでなくゲーム産業でも製品出荷が遅れている。そのため日本では経済産業省などから、台湾大手半導体製造ファウンドリのTSMCを誘致して半導体工場を建設しようとの声が上がっている。
ドナルド・トランプ元大統領が中国大手半導体ファウンドリのSMIC(中芯國際集成電路製造)と中国人民解放軍の関係を指摘して「軍事企業」に認定。2020年12月に米国製の製造装置の輸出に一定の制限を加えたことが原因だといわれている。
とはいえ、トランプ政権は制裁から1カ月後に終了したため、実際のところ米半導体製造装置メーカーが輸出許可を得られないのは、紛れもなくバイデン政権の責任である。
バイデン政権が誕生してから1週間ほどで大統領令を30近く発令し、移民政策を見直し、パリ協定復帰、送電網に関する中国制裁も一時停止など、トランプ政権時代の大統領令から政策まで次々と覆してきた。そんなバイデン政権がSMICへの制裁解除を即座に行わないとすれば、責任はトランプ政権からバイデン政権に移行したといえるだろう。
世界の半導体不足の原因は数多く挙げられているが、米議会では「台湾企業の出荷抑制のため」という認識が主流であり、バイデン政権は台湾政府に対して、TSMCに半導体出荷を行うように指導することを求めている。
半導体不足の原因は、世界の半導体製造シェア5%弱しかないSMICよりも、55%を握るTSMCの出荷抑制のインパクトのほうが大きい。
日米政府によるTSMC誘致は中国で笑いグサ
日米政府が半導体不足解消のために挙ってTSMCに補助金を出して誘致しようと動いているが、これが業界では笑いグサとなっている。
米国のTSMC誘致が中国人にとって笑いの種なのは、自らSMICを「軍事企業」だとして制裁する一方で、SMICと資本関係にあるTSMCに巨額の補助金を出そうというからだ。
TSMCの株主は、台湾外省人で“華新焦家”と呼ばれる台湾最大の電信ケーブル「華新麗華(ウォルシン)」一族である。また、TSMC創業者モリス・チャンの部下であるリチャード・チャンがSMICを創業している。その後、江沢民の息子が経営する上海実業とTSMCが株主として参画し、中国最大の半導体製造大手となった。
SMICとTSMCの支配者である華新焦家の長男・焦佑鈞は、2020年にパナソニック・セミコンダクター・ソリューションズ(PSCS)を買収し、PSCSの子会社である米軍向け軍事レーダーチップ工場を入手した。
ワッセナー・アレンジメント(新ココム)の関係で、中国企業は軍事に関連する企業を買収することはできなかったので、習近平国家主席は台湾人の焦氏に中国国家公務員一級というポジションを与えたのだ。
日米政府は新ココムで中国を規制する一方、中国の解放軍につながる軍事企業に対して、よく調べもせずに補助金を出そうというのだから、中国人からすれば笑いが止まらないところだろう。戦後台湾に渡った同胞を使えば、中国共産党はいくらでも法の目をかいくぐることができるのだ。
TSMCは米アリゾナへ誘致されているが「人件費は3割増、建設費は6倍」になると試算して補助金を欲しそうにしているが、米国議会ではTSMCに対して「補助金を出すべきではない」という批判の声も上がっている。
それは、一部では半導体を意図的に米自動車企業に出し惜しみしている犯人に補助金を出すべきではないという理由と共に、TSMCが提案するのはスマホやPC用「最先端チップ前工程工場」なので米自動車産業に貢献しないからだ。
TSMC誘致は身ぐるみ剥がれるだけ
最近、経産省によるTSMC誘致で日本の半導体産業復活が期待できるという趣旨の報道が流れ始めているが、外資の競合を誘致すれば日本の半導体産業が弱体化するというのは、子供でもわかる話である。
半導体企業に30年勤めたジャーナリストの服部毅氏も指摘しているが、TSMCが工場あるいはR&D(研究開発)の拠点を日本に置くことのメリットを能天気に期待しても、「身ぐるみ剥がれるだけ」と指摘している。
確かに、当のTSMC側は「日本で半導体素材の研究を行うために研究所を設置」とだけ発表しているが、半導体産業において製造分野で転落した日本の優位性は、残すところ製造装置と素材のみとなった。そんな状態で、競合のTSMCを誘致すれば、日本は素材や製造装置技術が流出するので、「身ぐるみ剥がれるだけ」という分析は正しいといえる。
しかも、経産省が誘致しているのは「後工程の工場」だということだが、半導体の後工程は「パッケージ化」工場であってチップ自体を製造するわけではないので、半導体不足の解消にもならない。
そのような実態で、外資誘致のために900億円予算を積み増したと報道されているが、完全なる税金の無駄遣いとしか言いようがないのだ。
そもそも日本はかつて半導体製造では世界トップクラスで、いまだに製造装置と素材の技術力では先陣を走っている。日本の半導体製造に足りないのは、技術ではなく「金」だけなのだ。米国のように半導体製造のために4兆円程度の補助金を国内企業に出せば、いくらでも日本独自の半導体製造は復活できるのである。
ところが経産省は、台湾ではプロセス幅の微細化が進んでおり、日本が持っていない7ナノメートル、5ナノ、3ナノといった分野でTSMCの技術が進んでいると勘違いして、台湾企業を優遇しようとしているのだ。
半導体微細化のインチキ
半導体は、プロセス幅が微細化すればするほど処理速度が上がっていく。そのことをインテル創業者ゴードン・ムーアの名を取り「ムーアの法則」と呼んで、長年ありがたがられてきた。
ところが、現在「7ナノ」と呼ばれるチップのトランジスタは、実際には7ナノメートルよりもかなり大きく、どこを測っても7ナノの部分はない。実は、この商品名の命名法と物理的現実との間の断絶は、約20年にわたって起こっていることは秘密でもなんでもなく、時折、半導体アナリストの間でも笑いのネタとして上がるほどだ。
最先端チップ製造に用いられるEUV露光装置に使われている波長は13.5ナノメートルで、それより細い線を書くことは無理である。芯が1ミリメートルのボールペンで0.5ミリメートルの線を書くことができないのと同じである。
すでにプロセス幅を示すノード名は単なる商品名となり、実際の幅を調べると、どこにも商品名に示された幅の部分はないという冗談のような“業界の常識”だが、文系役人を騙すにはもってこいである。
そもそも、日本の半導体弱体化を図ったのは経産省だ。遡れば1986年に日米半導体協定で米国から提示された高い関税条件を受け入れて、台湾、韓国に製造を委託するように促したのがきっかけである。
日本の経産省は台湾半導体企業と癒着関係にあり、長年、台湾企業を優遇してきている。本来であれば外為法違反となるはずのパナソニック半導体PSCSの売却を許可し、シャープ買収時に台湾企業が独禁法違反を犯しても見て見ぬフリをするなど、手厚い優遇を重ねてきた。
そろそろ経産省は外資優遇から脱却し、国内企業の製造強化に努める政策を打ち出すべきであろう。
(文=深田萌絵/ITビジネスアナリスト)