セブン-イレブン・ジャパンの永松文彦社長は、昨年12月の毎日新聞の取材で、おにぎりの消費期限を現在の約18時間から最長で2日程度に延長することを明らかにし、大きな話題を呼ぶこととなった。
セブンにおいておにぎりといえば、競合他社に比べて美味とする意見も多く、まさに同社の看板商品のひとつといっても過言ではない。そんな商品の消費期限が従来の倍になるとあって、ネット上では好意的な意見のほかに、「保存料とかたくさん入れるのかな?」といった健康面での不安を心配する声も多く上がっている。
そこでセブンの店舗経営指導員やディストリクト・マネージャーとして120店舗以上もの経営指導を行った経験を持つ、経営コンサルタントのBelieve‐UP代表、信田洋二氏に話を聞いた。
おにぎりの消費期限延長を決定したセブンの“決断”
ずばり、今回の消費期限延長施策が可能になった背景には、何か特別な合成保存料の配合があったのだろうか。
「大前提として、そもそもセブンのおにぎりは合成保存料を含め保存料を一切使っていません。そして、今回の消費期限延長で急に合成保存料を付与するなんていう、顧客の信頼を著しく削いでしまうようなことはないと断言できます。
消費期限を延ばせたのは、何も食品に対して特別な処理をしたからということだけではなく、食べられるのに短い期間で廃棄していたこれまでの生産過程の無駄を徹底的に省いたからだと思います。同時に、雑菌の混入を製造段階でさらに徹底して排除したことも大きいでしょうね。セブンの工場は現段階でかなり高い水準を確保していますが、そこにさらなる見直しをしたのでしょう。また、食品劣化の主な原因である酸化を防止するために、酸素をよりカットする新たな包装フィルムの開発などにも力を入れたようですね。
ちなみにセブンが使っているのは、自然由来の食品として登録されている、食品の鮮度を保つ成分。具体的にいうとお酢やビタミンC系のものですね。セブンの保存料は、お弁当のご飯に梅干しを入れて日持ちをよくさせるという思考の延長線上にある、といえば多少好意的に捉えてもらえるでしょうか」(信田氏)
信田氏は、今回の施策の背景としてセブン、ひいては飲食業界が長らく抱えている「食品ロス問題」があるという。
「日本の年間食品ロスは約600万トンにも及び、コンビニもその一角を担っています。ですが、セブンはこれまでに多くの食品ロス削減の取り組みを行なってきましたし、広くいえばコンビニ業界全体は昔からこの問題に強い問題意識を持っているんです」(信田氏)
「食品ロス問題」は店頭だけで起きている問題ではない
信田氏いわく、「『食品ロス問題』は製造から販売までのあらゆる時点で起きている」そうだ。
「店舗でのロスを抑えるということだけではなくて、サプライチェーン全体、セブンに関していえば、原材料の輸入、加工、炊飯工場など、あらゆる工程で食品ロスは発生しているので、そうした上流工程からロスを抑えていかなければなりません。
例を挙げると、販売店舗から午前11時に発注を受けた工場があった場合、一番早い便で午後9時には納品しなければならず、これは店舗と工場間での取り決めとなっています。つまり、工場はわずか10時間で炊飯・成形・包装・配送をこなさなければならない。さらに、アレルギー物質の混入を防ぐために、中に入れる具材の調理ごとに『サニテーション』と呼ばれる大掛かりな清掃も必須。そのため工場側はどうしても大量の発注がきた場合に備えて、原材料を多めに用意しておく『見込み仕込み』をしないと、この10時間での納品に差し障りが出る可能性があるわけです」(信田氏)
こうした製造過程での食品ロスには「3分の1ルール」と呼ばれる日本独自の慣習も大きく影響しているという。
「これは、例えば『作ってから3カ月の賞味期限がある商品』の場合、工場から小売店に納品するのに1カ月、続く店舗では1カ月間販売し、続く消費者には購入してから1カ月間に消費してもらうという、小売業界での暗黙の目安のことです。その目安を超えてしまうと、まだ食べられるにもかかわらず廃棄に至る率が増大し、これが多くの食品ロスにつながっているという指摘があるんです。
ではなぜ、そうせざるを得ないかというと、それを破って販売すると日本の消費者は『古いものを売っている!』と買わなくなるんです。かつてイオンがこのルールを撤廃して、販売期限1週間前のものも売るようにしたときもこうした反応が多く、反発されてしまいました」(信田氏)
確かに、日本人の消費者にはわざわざ商品棚の奥から消費期限の長いものを引っ張り出して買う人も少なくない。
「そもそも、消費期限が近いといっても、安全に食べられる『販売期限』内のものですから、安心して手に取って大丈夫です。セブンでは1日9回、鮮度チェックということで『販売期限』が過ぎた商品が紛れていないか確認をするようにしています。こうした企業側と消費者側の、“表示期限”に関する認識のズレも食品ロスの大きな要因になっているわけです。
今回のおにぎりの消費期限延長は、こうした消費者心理への回答でもあり、先に述べた製造過程での無駄をギリギリまで切り詰めた努力の結果ともいえるでしょう。またコロナ禍の影響で店舗への来客頻度が激減しているなかで、食品ロスを削減しようとする側面もありますね」(信田氏)
今後求められるのは業界、司法、消費者の意識変革
「食品ロス問題」改善への鍵は企業の努力だけではなく、さまざまな立場からの変革が必要だという。
「食品ロス問題の要因は、消費者の行動、さらにいえば、行政や司法にも存在します。具体的には、セブンではお店で出た廃棄物を全部回収して再生可能エネルギーや家畜への飼料に再生・転用する取り組みをやろうとしたことがあるんです。納品するトラックで同時に廃棄物も回収するという具体的な方法も検討していたのですが、これが『廃棄物処理法』に抵触してしまうことがわかり、不採用にせざるを得なかったんです。また、同法は、各地方自治体でも細かな取り決めがされており、市をまたいでゴミを移動させることはNG。こうした法律が食品ロス問題改善での壁として立ちふさがっているのも事実です」(信田氏)
最後に、信田氏は今後の業界の食品ロス問題について、こう指摘する。
「法律面での改善に関していえば、選挙の票にならないことには動きが鈍いのもまた事実で、迅速な発展へはつながりづらい印象です。だからこそ、企業は不断の努力をこれからも続けていかねばならないですし、こうした問題意識に関して、有権者である消費者の方たちに変革を望む意識を持ってもらうことも大切なように感じます」(信田氏)
おにぎりの消費期限延長からみえてきたのは、セブンが抱える食品ロス問題への苦悩と変革の意識だった。物を食べるという当たり前の行為から広がる世界に、もう少しだけ視線を延長すれば、世界が変わってゆくきっかけになるのかもしれない。
(文=A4studio)