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松岡久蔵「空気を読んでる場合じゃない」~CAが危ない!ANAの正体(10)

ANA、パイロットの過酷労働で脅かされる乗客の安全…社内通達メールに現場が猛反発

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
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ANAHDの 片野坂真哉社長(写真:つのだよしお/アフロ)

ANA(全日本空輸)は顧客の安全よりもコストを優先する企業に成り果てたんです」――。ANAの現役パイロットはこう打ち明ける。国際線を中心とした路線拡大主義により、相応のパイロット数や適切な労働環境も確保できないまま現場は疲弊している。それに本来異議を唱えるはずの乗務員組合も会社の御用組合化を強め、もはやパイロットのモラルと技量だけが頼りという極めて危うい状況となっている。

パリ発羽田便でパイロットが体調不良で病院搬送

 4月19日午前9時15分ごろ、ANAのパリ発羽田行の貨物便運航の途中でパイロットが体調不良となり、ロシアのノボシビルスクへ目的地を変更し緊急着陸した。操縦士3人と客室乗務員5人の計8人が乗っており、意識を失った操縦士は通信作業などを担当しており、機体の操縦は別の操縦士が行っていた。国土交通省はこれを「重大インシデント」と認定した。

 ANA関係者によると、このパイロットはICUから一般病棟へ移り、命に別条はないといい、現地の病院で治療を受けているという。この緊急事態発生から約1日経過した20日午後7時半ごろに、パイロットを統括するフライトオペレーションセンター(FOC)長の亀田清重執行役員名義で全パイロットに配信された以下の「重大インシデント認定を受けて」という業務メールが、現場から猛烈な反感を買っている。

<運航乗務員 FOCスタッフ各位

2021年4月19日(月)9時15分頃(日本時間)NH216(パリ発 羽田行 NO PAX便)において、 ロシア上空を巡航中に1名の運航乗務員が体調不良に陥るといった事態が発生しました。暫くして、当該乗務員の体調は回復しましたが、念のため当該機はロシアのノボシビルスク空港にダイバート(筆者注・目的地変更)し、現地の病院に搬送されています。 現地の病院の適切な医療措置もあり、現在、当該乗務員の状態は安定しています。ロシアのANAスタッフから必要なサポートも受けており、医師による経過観察の後、帰国の予定となっています。

本件は、 航空法施行規則第166条の4の「航空機乗組員が負傷又は疾病により運航中に正常に業務を行うことができなかった事態」として、国土交通省航空局から重大インシデントに認定されました。今後、関係当局による調査が行われる予定ですが、FOCとしても、この調査に全面的に協力していく考えです。

ご存じのとおり、OMにおいて運航乗務員は「自らの健康および疲労について留意する」こと、および「病気や疲労その他の理由により、運航に影響を及ぼすような心身の異常を認めた場合、 乗務してはならない。また、運航中において異常が疑われた場合、 相互確認を行い、運航の安全確保のため必要な措置を講じる」ことが求められています。 運航乗務員各位におかれては、これまで同様、出社時の体調確認を含め、プロフェッショナルとして 「安全運航の堅持」に資する健康管理の実践に努めていただくようお願いします。

以上

ANAフライトオペレーションセンター長 亀田 清重>

「パイロット個人の健康管理のせい」に現場が猛反発

「体調が悪くなる大きな原因の一つは、ここ数年の過度な路線拡大による過酷な勤務なのに、最後の段落のパイロット個人の健康管理が悪いと言わんばかりの言い分は許せない」

 先のパイロットはこう怒りを隠さない。

 ANAは政府のインバウンド誘客強化や東京五輪開催に向け、国際線の路線拡大を進めてきた。ANAが公表している「Fact Book 2020」によると、座席キロ数で国内線がこの10年でほとんど変化がないのに対し、国際線は急激に伸び、19年度では11年度の2倍になっている。一方で、パイロットの人数は16年からここ5年で約2400人で横ばいと、現場の負担が大きくなっているのは明らかだ。

 そのため、コロナ前までは休みが取れないほどの高稼働で、「有休も返上してくれとお願いされるレベルで、ニューヨークやシカゴに長距離フライトをしても1泊だけ寝て、疲れたまますぐに帰ってくるような状況」(若手パイロット)だった。

パイロット、基本的に治療費は自己負担

 そんな労働強化の流れのなかで、ANAのパイロットへの健康管理体制は貧弱だ。先のロシアに緊急着陸したパイロットは、現地の病院へ社員等の付き添いなしで搬送され、今後は当分現地での治療になる。脳梗塞で倒れたとされるが、現在の労働基準監督署の基準では脳と⼼臓の疾患は業務上とはすぐに判断されず、個人で申告しないと労災は認定されない。労災が適用されなかった場合、現地の治療費などはすべて自費、また帰りの手段も自己手配、治療中は有休扱い等となる可能性が極めて高いという。

「会社側がパイロットのリスク管理をしなくてはならないのに、“⾦がかかることはやらない”“むしろとことんコストを削減しろ”が基本⽅針になっている」(冒頭のパイロット)

乗員の保険は自己負担、CAには安否確認のメッセージだけ

 ANAはパイロットとCA(客室乗務員)に対する福利厚⽣にもカネをかけていない。まず、海外滞在中の保険は⾃⼰⼿配で、保険が⾃動付帯されるANAカードへの⼊会斡旋はあるが、⼊会⾦は⾃⼰負担。4、5年前まではANA社員カードがありゴールドやダイナースなどは入会、年会費無料だったため、これを保険がわりにしていた乗員も多かったが、コスト削減で入会費や年会費が有料になった。滞在中の傷病に関してもプライベートな問題として会社は関与せず、インドなどへの就航に対しても肝炎や狂犬病などの予防接種もない。以下はANAの現役CAの弁。

「CAに関しては数年前に海外ステイ中にくも膜下出血などで死亡する事例がたて続けに起こったことがありました。きつい勤務や人間関係の悪さからくるストレスによるものが原因だと容易に推察されますが、会社がとった対策は“2泊以上のステイ中に時間を決めて生存確認のメッセージを送ること”だけでした。 そもそもステイ中はプライベートとして傷病に対してお金を出さない会社が、コマがいなくなっては困るという理由だけでメッセージを送らせるというのは極めておかしなルールだと思います」

 現在、新型コロナウイルスの新変異種が猛威を振るうインドへの貨物便に搭乗するパイロットに対しても、業務命令で拒否できないにもかかわらず、ワクチン投与などの措置も実施されていないという。

パイロットの訓練コストも「自己管理」を名目に削減

 ANAのコスト削減を推し進める姿勢は、2013年4月1日からのホールディングス化による持株会社体制への移行から一層強まり、パイロットの訓練コストも削減されているという。以下は先の2人とは別の現役パイロットの弁。

ANAのここ10年来のキーワードは“経費節減”で、教育コストも極端に減りました。 運航乗務員に向けられている言葉で“自己技倆管理”というものがあります。⾃分で⾃分の⾜りないところを⾒つめて向上させていくという意味です。確かに機長になると副操縦士のように普段からアドバイスもらえない立場になるので、自分で振り返って、向上させなきゃいけないんですが、この言葉は裏返せば“会社は教育に金を注ぎ込みません”“自分でどうにかしなさい”という体のいいコストカットにすぎません。“プロフェッショナル”や“職人”という言葉が出る時は常にそうです。今回のロシアの緊急事態の件でもプロフェッショナルという言葉がメールの文言にありましたが、経営陣が社員のリスク管理を放棄するのに耳障りのよい言葉を使っているだけなのです。

 その証拠に機長昇格に関してはここ数年、合格成績が悪化しています。急激な路線増⼤で副操縦⼠は⽂句も⾔えず⾺⾞⾺のごとく働かされ、⼗分な経験や準備をすることもできず訓練に臨んでいるのだから、地⼒を鍛える余裕がなくなるのも無理はありません。また、訓練回数の増加によってコストが上昇するのを極端に嫌がる経営側シンパの機⻑がちょっとミスを⾒つけると、すぐに訓練を中⽌させるのも大きな要因となっています」

機長昇格訓練で合否を判断する機長の間で「裏帳簿」を共有

 ANAのパイロットの間で、機長による昇格訓練での重度のパワハラが一部とはいえ横行していることは本連載6回目で報じた。複数の現役パイロットによると、人件費削減を名目とした副操縦士の訓練の合否をめぐり、機長の間で副操縦士のネガティブ情報を集めた「裏帳簿」のようなデータが共有されているという。以下は冒頭のパイロットの証言。

「会社に従順でないというような内容や、“怒りやすい”“反抗的”といった性格の系統、知識不足など、訓練生が閲覧可能な公式の訓練記録に書けない内容がストックされています。いったん目を付けられた副操縦士はその帳簿で引き継がれ、パワハラを平然と行う指導者がその人物を落とすために担当に据えられることが常態化しています。パワハラ機長の一人が機長昇格訓練を担当した副操縦士は、いまだに機長になれていないどころか、精神的に病んで数年にわたり休職したと聞いています。訓練中の副操縦士がパワハラで過呼吸となり、機長一人で運航した事例もありました」

 さすがに機長1人の評価で訓練を終了させることはできず、形の上では複数の評価者がそれぞれのフライトで評価するということになってはいるが、訓練を続けさせるかなど、ある程度はシナリオが決まっており、裏でその訓練生の合否が決められているという。

パイロット組合、御⽤化で経営側の監視役に

 このように訓練の合否を機⻑側がコントロールしたがる背景には、ANAのパイロットの労働組合「全日空乗員組合」特有の体質がある。JAL(⽇本航空)の機⻑の⼤半が管理職であるのに対し、ANAの機⻑は基本的には組合員だ。組合が指導役、評価者ともに引き受けることで「会社に従順な人間」を率先して選別し、経営側に恩を売ることで、組合役員から管理職、そして経営幹部の役員という出世コースに乗れる目を一部のパイロットが独占する構造が出来上がっているという。

「ここ15年ほどで、経費削減への同意や協定の改悪などで会社に媚を売り、組合役員退任後すぐに管理職になるという“仲間を売って出世する”流れが定着した」(冒頭のパイロット)

 経営側にしてみれば、組合は反体制的な分子を排除する装置として都合がよい。組合側は経営側の監視役として、 ⽴場の弱い副操縦⼠に普段の⾔動を⾒ているというプレッシャーを与えることで、運航乗務員の手当や待遇の改悪に意見を言わせないようコントロールする見返りに出世街道を走れるという両得な現状があるというわけだ。

 強調したいのは、ANAが1970年代以降に大惨事を起こしていないのは、ANAのパイロットの⼤半がモラルと技量を保ってきたからだということだ。だが、経営陣により過度のコスト削減が進められ、出世欲に駆られた一部の機長に現場が台なしにされれば、それも危うくなる。墜落事故は、たった一度でも起きれば終わりである。ANA経営陣にはそれを認識していただき、現場軽視の方針を改めてもらいたいものだ。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)

松岡久蔵/ジャーナリスト

松岡久蔵/ジャーナリスト

 記者クラブ問題や防衛、航空、自動車などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。
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Twitter:@kyuzo_matsuoka

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