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松岡久蔵「空気を読んでる場合じゃない」~CAが危ない!ANAの正体(12)

北米線で1泊3日の過酷勤務…ANA、同僚パイロットの負担増の“功績”で役員に出世

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
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北米線で1泊3日の過酷勤務…ANA、同僚パイロットの負担増の“功績”で役員に出世の画像1
ANAのボーイング787(「Wikipedia」より)

 本連載第10回目で、全日本空輸(ANA)のパイロットの出世が、労働組合「全日空乗員組合」の幹部になり、本来仲間であるはずの組合員に不利な協定を経営側と結ぶことで管理職となり、ANA役員に昇格するコースが本流となっている現状についてご紹介した。

 実際、現在のパイロットを統括するフライトオペレーションセンター(FOC)長にある亀田清重執行役員がその典型だ。ANA 役員入りを果たした亀田氏はコロナ禍を理由に、現場の負担増となるような経営方針を押し付けているという。この結果、犠牲になるのは顧客の安全にほかならない。

国交省のパイロットの疲労軽減方針を骨抜きに

 ⻲⽥⽒は4⽉19⽇にANAのパリ発⽻⽥⾏の貨物便がパイロットの体調急変を受けロシアに⽬的地を変更し緊急着陸したことを受け、全パイロットにFOC長としてメールで通達。その内容が「現場軽視」と大不評を受けた人物としてすでにご紹介した。2020年4月から現在の地位にいるが、勤務協定での「緊急事態宣言条項」を利用して、4人乗務によるハノイ便やホーチミン便の日帰りなど、それまでは不可能だった無理難題を「コロナ禍だから」と常態化させているという。

 ステイ先のホテルのランクも下げるなど、ここぞとばかりにコストカットを進めるANAだが、国⼟交通省のパイロットの疲労軽減のための法改正の形骸化をもくろんでいるという。以下はANAの現役パイロットの証言。

「国土交通省は ICAO (国際民間航空機関)の規程により、パイロットの疲労リスク管理(FRM)というシステムの導入を進めることを決めており、すでに改正法も昨年10月から施行されています。この制度は、パイロットの疲労を軽減することが事故防止につながるという考えの下、勤務に制限をかけるものですが、無理な拡大主義を続けてパイロットを捻出できないANAが反発しているのです。国交省に自社への施⾏の猶予期間の延⻑を働きかけると同時に、施行後も現場に不利になるよう勤務協定を改悪しようとしています。

 例えば、今回の法改正で、これまでパイロット2人だったアメリカ西海岸へのフライトで、3人での乗務が義務化されることになりました。2人では帰りに約10時間半かかって休憩もなかったので、3人になれば負担は減るはずです。ところが、亀田氏をはじめとする経営側は現地の宿泊を2泊から1泊に変更し、現地滞在20時間を切らせるという逆に疲労をためさせるような要求を持ち出してきました。安全軽視としか思えない暴挙ですが、経営側は『法令には違反していない』というだけ。それが事故につながるなど、まったく考えてないとしか思えない」

 この連載ではANAの座席キロ数が国際線で急増している半面、パイロットの数は一向に増加しておらず、現場の負担が蓄積していることを指摘した。コロナ禍でアメリカで実施していた副操縦士の訓練もストップしており、パイロット不足が改善される兆しは一向に無い。

「昨年の3月末にトルコのイスタンブールやイタリアのミラノなど国際線を大幅に拡大させる予定でしたから、コロナ禍がなかった場合でも勤務協定を大幅に改悪する準備はあったとみて間違いない」(先のパイロット)

 経営側はコロナが収まったら元通りにすると話しているが、現場からは「口約束と言ってその後も定着させるいつもの手口」と冷ややかに見られているという。

組合で一度否決された案件を再投票させてゴリ押しした「不達郵便事件」

 亀田氏は12年8月から13年7月まで組合長を務めたが、その時から経営側べったりの人物として組合員からは反感を買っていた。その象徴が「不達郵便による再投票事件」だ。

 12年当時、13年4月の持ち株会社化を進めていたANAは、経営破綻した日本航空(JAL)に差をつけようと、パイロットの養成が追い付かない中で国際線の新規路線拡大に躍起になっていた。同年7月に就航した成田=シアトル線では北米線では初めて、それまで2泊4日以上だった乗務スケジュールが、3人乗務で1泊3日で行われることになった。同時にサンフランシスコ線も1泊3日に変更されることになり、パイロットのなかでも安全性に危機感が持たれ始めていた。

 経営側の要求はさらに強まり、北米線および欧州線帰着後に1日付与されるインターバル(勤務日扱いの休養日)の削減を提案した。組合側は当然反対したが、経営側は「副操縦士および機長昇格訓練の中止」を持ち出し、要求を通そうとした。「パイロットは機長になることを人生の一つの目標としているだけに、訓練を人質にされた反発は大きかった」(当時をよく知るベテランパイロット)

 この経営側の方針について12年10〜11月にかけて行われた投票で、賛成票が過半数に至らず否決された。乗員組合も会社⽅針に従順な傾向が強くなっていたため、会社側の⽅針が否決されたことは亀田氏をはじめ組合執行部を驚愕させた。組合からすれば本来負担増を回避できたわけで歓迎すべきことのはずが、なんと⻲⽥⽒をはじめとした執⾏部は「期日まで郵便で届かなかった125通が見つかったので再投票したい」と強く主張し、再投票をゴリ押しした。その結果、賛成票が過半数を超え、現場の負担は増えることになった。先のベテランパイロットはこう証言する。

「当時の組合規約では、再投票に関する条文や郵便事情に関する文言は一切ありませんでした。逆にいうと『再投票していい』という規定はないため、中央執行委員の判断で再投票をしたというのも、規約に則ったものかといえば『そうではない』といえる、かなり黒に近いグレーなものだったのです。第一、現場の代表たる組合長が一度否定された組合員の負担増の方針をもう一回検討しようとすること自体がおかしい。否決に焦った当時の組合執行部が、会社側に恩を売るためにやったとしか思えない」

 この後、経営側と結ばれた協定で、(1)アメリカ西海岸帰着後のインターバルの撤廃、(2)欧州線帰着後の公休数を3日から2日に削減、(3)近距離アジアでの勤務の中断(夜着いて翌朝乗務が可能になる制度変更)、などが行われた。しかも、協定締結時には「今後の実績としない」との文言があったにもかかわらず常態化していった。

亀田氏、組合長辞任後、当時のANA幹部からのご褒美で異例の出世

 亀田氏は組合長を辞任した13年8月から間もない14年4月に管理職に昇進し、通常10年はかかるANA執行役員就任を異例の6年で成し遂げた。この背景について先の現役パイロットが解説する。

「12年に再投票で機転を利かせたのが、当時のANA上層部によほど気に入られたということです。現在のANA取締役でパイロット上がりの横山勝雄氏が引き上げたとされています。なんせ、北米線と欧州線に行けば行くほどこれまでもらえていた休みが1日ずつ減るわけですから、月に2、3日稼働日が増えるパイロットはザラ。一人当たり1年で1カ⽉ほど稼働⽇が増えるため、会社からすれば既存の人員でより多くの路線・便を運航できるようになった。これが評価されたのは当然です」

 亀田氏は同僚パイロットの手当や待遇と引き換えに、自らが出世することを優先しているといわれても仕方あるまい。現在のANA執⾏役員から、パイロットの最出世ポストであるANA副社⻑に上り詰める可能性は少なくないという。

 ご紹介したように、ANAのパイロットを取り巻くここ10年の現状は、一部の出世欲にかられた組合幹部が、現場の負担を増やし顧客の安全を犠牲にするような経営側の提案を受け入れ続けるという、誠に由々しき事態に陥っているわけだ。

 記事を終えるにあたり、先の現役パイロットの声を紹介しよう。

「コロナ禍で事業収⼊を増やすことができないため、役員や管理職はコストをいくら下げたかを競い合っているような状況です。これだけの⾚字を出している以上、我慢するところは我慢するのは当たり前です。ただ、安全性を守るには限度というものがある。今の会社の現状は、とても『安全第⼀』を標榜する会社とは思えない」

 ANAは⼀度に乗客数百⼈の命を運ぶインフラ企業である。経営幹部や管理職の⽅々は、出世のためのコスト削減も結構だが、顧客の安全を守るためには何が必要かを今⼀度考え直していただきたいものだ。

 なお、取材を進めると、⻲⽥⽒の現⾏ポストのFOC⻑は実質的な権限がほとんどないポジションであり、先の横⼭⽒にもANAの経営についてほぼ実権がないことがわかった。ANAは持ち株会社化の過程で、それまで地上職やCAなどからなる「ANAユニオン」よりも独⽴性の⾼かった「乗員組合」にしばしば⼿を焼いた経験から、それを切り崩すためにFOC⻑のポスト創設などパイロット懐柔策を着々と打ってきたことも判明した。これについては改めて詳述する。

(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)

松岡久蔵/ジャーナリスト

松岡久蔵/ジャーナリスト

 記者クラブ問題や防衛、航空、自動車などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。
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Twitter:@kyuzo_matsuoka

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