トヨタ自動車の豊田章男社長が「自動車メーカーからモビリティカンパニーへ変革する」と宣言し、これを象徴する商品として2年前に国内市場で新たに始めたサービスが、今春ひっそりと、その姿を消した。月額定額料金の支払いで、一定期間内にレクサス車を乗り換えられるサブスクリプションサービス「KINTO FLEX」(キント・フレックス)だ。
トヨタの東京の直営販売会社で先行して、その後、全国に展開したが、利用者不在で新規の取り扱いを停止した。トヨタの販売施策と市場ニーズとのギャップが鮮明になっており、トヨタのモビリティカンパニー化は早くもつまずいたかっこうだ。
支払総額が約720万円?
一般消費者の意識が「保有」から「利用」にシフトし、定額料金を支払った期間、商品やサービスを自由に利用できるサブスクリプションサービスがさまざまな分野に拡大している。以前は保有することがステータスでもあった自動車も同様で、若者を中心に自動車を購入するのではなく、必要なときだけ利用したいというニーズが高まった。新型コロナウイルス感染拡大前、カーシェア市場は拡大し、海外ではライドシェア市場が急成長した。
カーシェアやライドシェア市場の拡大は、大量生産した新車を販売することで収益を上げる自動車メーカーの売り切り型のビジネスモデルが通用しなくなっていくことを意味する。これに危機感を抱いたトヨタが打ち出したのが、モビリティカンパニーへの移行だ。自動車生産に加え、自動車利用に重点を置いた移動サービス全般を手がけることで、新たなビジネスモデルの構築を狙っていた。その最初の一歩として2019年から展開したのが、豊田社長肝いりの「愛車サブスクリプションサービス・KINTO」だ。
「KINTO」は税金や自動車保険料金、メンテナンスなどの費用をパッケージ化した月額定額サービスで、2種類設定した。月額定額で3年間で新車1台に乗る「KINTO ONE」は、サブスクリプションサービスと銘打ってはいるが、実態はただの個人リース商品だ。新たなチャレンジとして設定したのが「KINTO FLEX」(当初はKINTO SELECT)。レクサスの新車6モデルのなかから月額定額で、3年間6台または3台を乗り継げるサービスで、3年6台プランなら半年ごとにレクサスの新車を乗り継ぐことが可能となる。
「KINTO」のサービスは19年2月以降、東京都内のトヨタ直営販売会社でトライアルを開始し、同年7月に「KINTO ONE」を全国展開、「KINTO FLEX」も神奈川県や愛知県、大阪府など、31都府県のレクサス店に取扱いを拡大した。
しかし、「KINTO FLEX」の月額料金が3年3台プランで17万6000円、3年6台プランだと19万8000円と高額だったこともあり、サービス利用者は当初から低迷した。料金には税金や保険料が含まれているとはいえ、契約期間終了後、車両は返却して手元に何も残らないが、3年6台プランの場合、支払総額が約720万円にもなる。あるトヨタの販売会社の役員は「レクサスの新車を6台乗り継ぐことを考えればお得と、トヨタ幹部は考えたかもしれないが、それほどの価値があるとは到底思えない」と、失敗は想定内との見方を示す。
章男社長に「ノー」と言えない社内
「KINTO」の事業化では、豊田社長が「クルマが欲しくなったら簡単にクルマライフをスタートし、違うクルマに乗りたくなったら乗り換え、不要になったら返却する。必要なときにすぐに現れ、思いのままに移動できる、まさに『筋斗雲』のように使っていただきたいと考え『KINTO』と名付けた」とコメント、モビリティカンパニーへの変革を目指す豊田社長が最初から深くかかわってきた。
このため、トヨタはテレビCMなどの広告宣伝を大々的に展開するなど、販売促進に力を入れてきたほか、トヨタ御用記者に対して「KINTOが好調」と盛んにアピール。「KINTO ONE」の対象車種もどんどん増やしている。しかし、名前にサブスクリプションと冠しているだけで、実態はただのリース商品。消費者の目をごまかせるわけはなく、多くのトヨタ系販売会社が「取り扱いは低調」という。ただ、豊田社長マターだけに簡単に止められるわけではなく、「KINTO ONE」のみ継続する。
「保有」をベースにしたビジネスモデルの崩壊、スタートアップや異業種の新規参入などの危機感から、モビリティカンパニー化を掲げるトヨタ。市場ニーズと乖離した施策であっても豊田社長が関与した時点で社内から「ノー」と言えない状況が続く限り、モビリティカンパニーとして生き残る道は閉ざされている。
(文=桜井遼/ジャーナリスト)