4月に発足した三越伊勢丹ホールディングス(HD)の新体制は、従業員が呆れるほど脆かった。5月12日以降の緊急事態宣言延長を踏まえた営業体制の見直しをめぐり「優柔不断ぶり」(関係者)を発揮。店舗関係者は「従業員の安全と命を守るなんて大層なこと言っておいて呆れる」と怒りをぶちまける。
モラルハザードが横行
3度目の緊急事態宣言で槍玉に挙げられた百貨店業界。業界は「安全対策はしっかり行っている。これまでもクラスターは発生していない」と、休業へ突き進む政府に猛反発したが、抗いきれず泣く泣く受け入れた。
しかし、営業継続が認められた「生活必需品」の線引について、定義がないため拡大解釈が横行。3度目の緊急事態宣言が発令された4月25日以降、食料品にとどまらず、婦人用品の売り場を開く百貨店もあり、「モラルハザード」に陥った。
溜まりに溜まった業界の不満に配慮し、政府は緊急事態宣言を延長する際、5月12日以降は休業ではなく、時短営業を要請。一件落着かと思いきやとんだ誤算が生じた。それは東京都が百貨店に対し、引き続き休業を求めたためだ。
一転して再々拡大
少しでも営業範囲を拡大したい各社ともライバルの動向をうかがう神経戦が続いたが、高島屋は多くの売り場を再開するなど先行。三越伊勢丹HDは昨年春の自粛要請期間中に営業を続け、従業員も含め各方面から大バッシングを浴びたことがトラウマとなり、世間の反応を恐れてか、拡大はごく一部にとどまった。従業員に知らせたのは、再開の2日前である5月10日だったという。ある従業員は「これだけ時間を使っても決められないなんて、優柔不断な会社だ」と執行部を批判する。
三越伊勢丹HDは高島屋などに先を越されて焦ったのか、一転して、5月15日から婦人服、紳士服なども再開の対象とした。同社は12日に行った21年3月期決算説明会ですでに布石を打っていた。
一部報道によると、同社は決算説明会で、同業他社、顧客要望などを考慮し、今後も柔軟に対象範囲を拡大するとの趣旨を説明。休業が5月末まで続くと、22年3月期の売上高が290億円減少し、営業利益が37億円消失するという「大人の事情」(事情通)が背景にあるためだ。
関係者は「休みが削られた。従業員の命はどうでもいいのか。暇を持て余した客が散歩がてらフラフラ来てる」と憤りを隠さない。従業員へのケアが必要だ。
東京都は、高級衣料品などは生活必需品に当たらないとして、休業を求める通知を発出している。これを受け、大手百貨店では、再開したばかりの高級ブランド品売り場を閉じるなど、またしても混乱が広がった。
黒字達成は可能?
百貨店の経営基盤は今、大きく揺らいでいる。政府はワクチンを切り札と捉えるが、向こう5年程度はコロナが沈静化しないとの見方が一部の専門家の間ではある。恐らく来年の今頃も休業要請を行ったり解除したりといったことを繰り返す姿は容易に想像できる。思い切った店舗再編や新ビジネスの創出ができなければ、市場から退出することになる。
一方、三越伊勢丹HDが発表した22年3月決算の予想によると、営業利益が30億円、純利益が10億円と、いずれも黒字に転換するという。今後のコロナはますます変異株が主流となり、第5波が起きるのは必至。そうしたリスクをどれくらい真剣に考えているのだろうか。
同社は、コロナ前まで百貨店を下支えしていた訪日外国人の売上高はコロナ前の20%程度、日本人の売上高は9割程度に回復すると予測しているが、そんなにうまくとは考えにくい。4月に発足した新執行部はこの難局をどう乗り切るか、業界はかつての雄だった三越伊勢丹HDの動向を固唾をのんで見守っている。
(文=編集部)