WTI原油先物価格は7月に入り、荒っぽい動きとなっている。1バレル=76.98ドルと2年9カ月ぶりの高値を付けた直後に下落に転じ、足元は72ドル台で推移している。7月初めに開催されたOPECとロシアなどの非加盟の主要産油国で構成されるOPECプラスの協議が不調に終わったことがその原因である。
OPECプラスは昨年5月以降、コロナ禍による世界の原油需要の急減を受けて日量970万バレルの協調減産を開始した。状況が安定するにつれて減産幅が縮小され、7月の減産幅は日量約580万バレルとなっていた。
今回の会合を前にOPECの実質的な盟主であるサウジアラビアとロシアの間で「OPECプラスの協調減産の規模を8月以降、今年12月にかけて毎月、日量40万バレルずつ縮小する」ことで合意していた。このためOPECプラスの会合は平穏無事に終了すると思われていたが、アラブ首長国連邦(UAE)が反旗を翻したことから、合意が暗礁に乗り上げてしまったのである。
OPECプラスの合意の障害となっているUAEは4日「8月以降の減産規模の縮小は支持するものの、協調減産を2022年4月以降も継続すべきかについては決定を別の会合に先送りすべきだ」との考えを示したが、最も不満に思っているのは「自国の減産の基準が低すぎる」ことである。UAEは現行の日量316万8000バレルから384万バレルに引き上げるよう求めている。
OPECプラスで提案された内容に従えば、UAEは18%の減産となるのに対し、サウジアラビアは5%の減産にすぎない。ロシアに至っては5%の増産となる。UAEによれば、自国の原油生産能力の遊休率は約35パーセントでOPECプラスの平均の約22パーセントを大幅に上回る。「減産の基準となる各国の原油生産量を見直し、全当事者にとって公平であることを確認すべきである」とするUAEの言い分にももっともなところがある。
これに対しサウジアラビアも一歩も譲らない。サウジアラビアは昨年4月、増産と大幅値下げを仕掛けたことで原油価格をマイナス圏にまで下落させてしまったという前科がある。「二の舞」を繰り返さないためには、UAEの反対でOPECプラスの足並みが乱されることはなんとしてでも回避したいところだろう。
サウジアラビアとUAEの対立緩和に向けてロシアが調整しているが、OPECプラスの次回の日程が依然として未定のままという異例の事態が続いている。
背景に「脱炭素」の加速化
協調減産のあり方をめぐって激しく対立するサウジアラビアとUAEだが、数年前までは蜜月の関係だった。両国の間には水面下で政治統合の構想が浮上していたほどである(7月5日付フィナンシャルタイムズ)。結果的には実現しなかったが、湾岸地域で王族による支配体制を敷く両国は、アラビア半島南端のイエメンでシーア派系反政府武装勢力フーシ派と戦ってきた。近隣のカタールとは「同国がイスラム原理主義組織を支援している」ことを理由にそろって断交した。
だがこのところ、両国の方針がすれ違い、亀裂が表面化する事態が相次いでいる。 UAEは19年、イエメンに派遣していた部隊の大半を撤収させ、イランが支援するフーシ派との戦いにはサウジアラビアだけが取り残された。その後、UAEが支援するイエメン南部の分離独立派の民兵が、サウジアラビアを後ろ盾とするイエメン政府軍と衝突する事態にもなっている。
サウジアラビアが、UAEが20年にイスラエルと国交を正常化し、同国に急接近している現状に驚いている一方、UAEもサウジアラビアが多国籍企業に対し「中東地域の中心拠点を首都リヤドに移転しなければ自国の政府調達から締め出す」と圧力をかけていることに内心穏やかではない。多くの多国籍企業は現在、中東地域の中心拠点をUAEのドバイに置いているからである。
サウジアラビアとUAEは昨年12月にも石油政策をめぐって衝突していた。UAEがサウジアラビアとの関係悪化をいとわずに自らの主張に固執するようになったのは、加速化する「脱炭素」の動きが大きく影響している。多額の投資を行って原油生産能力を拡大してきたUAEは、世界の化石燃料離れが進む前にいち早く自国の石油資源を換金して経済の多角化を図りたいという思惑がある。
サウジアラビアのムハンマド皇太子が掲げる「ビジョン2030(石油依存経済からの脱却)」が有名だが、実績を考えればUAEのほうが先に進んでいる。UAE首脳の間では「経済の多角化を進めるための資金を確保するため、OPECから離脱すべきである」との意見も出ているという。
原油市場が大変動する予兆
議論をOPECプラスの協調減産に戻すと、UAEが反旗を下ろさない状態が続くと今後どうなるのだろうか。合意が成立しなければ、OPECプラスの8月以降の減産幅の縮小が行われず、供給不足が深刻化する可能性が高い一方、「UAEが原油生産量を一方的に増加させれば他の諸国もこれに追従し、供給過剰になる」との懸念も生じている。
世界の原油生産量の4割を占めるOPECプラスが過去14カ月にわたり多大な努力を行ったことで、WTI原油価格は今年上期に50パーセント以上も上昇した。2008年のリーマンショック直後以来のことである。
しかし「価格が高騰すれば、各国は先を争って増産を始め、その結果原油価格は大幅に下落する」というサイクルを繰り返してきたのが世界の原油市場の歴史である。OPECプラスの合意が成立するかどうかは見通せない状況にあるが、足並みの乱れは今後の原油市場が大変動する予兆なのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)