米国のバイデン大統領は6月16日、「中国が新型コロナウイルスの起源を本当に解明しようとしているのか依然として不明である」と不満を漏らした。英国で開かれたG7会議の声明などを通じて真摯な対応を求めていたが、中国側は17日、改めて武漢ウイルス研究所からの流出説を否定した上で「新型コロナウイルスの遺伝情報を解析した武漢ウイルス研究所にノーベル医学生理学賞を与えるべきである。ウイルスの起源をめぐる次の調査は米国に焦点を当てるべきである」と言い出す始末である。
サリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は20日、「中国がパンデミックを引き起こしたウイルスの起源について、国内での確かな調査を認めなければ国際的に孤立するリスクを招く」と指摘した。サリバン氏はさらに「現時点では最後通告などは行わないが、中国が『ノー』と言うのを単に受け入れることはしない」と釘を刺した。
バイデン大統領が5月下旬に米情報機関に対して、新型コロナウイルスの起源に関する調査を90日以内に報告するよう命じると、米国でこれまで封印されてきた「武漢ウイルス研究所流出説」が俄然勢いを増している。
米国で世論の潮流が大きく変わったのは、トランプ前大統領の退任のおかげである。米国の研究者の間では「研究所流出説」を疑う者が少なからずいたが、この説を唱えることで「トランプ支持者」だと思われるのを嫌がって沈黙を守ってきたという(6月17日付ZeroHedge)。トランプ前大統領が当時確実な証拠を提示したとしても、米国の主流メディアは彼が真実を語っているとは思わなかっただろう。トランプ氏が大統領でなくなった今、米国における政治的対立による障害は取り除かれたというわけである。
ダザック氏と武漢ウイルス研究所の関係
「ネイチャー」や「ランセット」などの欧米の主要医学雑誌も「研究所流出説」に関する論文を一切掲載してこなかったが、その背景には「中国の教育機関や政府の研究機関から多額の資金援助を受けているため、これら雑誌の経営陣は中国側の機嫌をとろうとしていた」との指摘がある。今年3月に「研究所流出説」の可能性を議会で証言した米国疾病対策センター(CDC)のレッドフィールド前所長は「科学者からも脅迫メールが多数届いたことに驚いた」と述べている。
しかし、これらの雑誌の対応にも変化が生じている。「ランセット」は21日、国連の依頼により設置された同誌の「新型コロナウイルス起源に関する委員会」からエコヘルス・アライアンスのピーター・ダザック代表(動物学者)を除名することを発表した。ダザック氏は昨年2月、同誌に「研究所流出説」に反対を唱える声明を発表していたが、ダザック氏は「武漢ウイルス研究所との利害関係を開示していなかった」ことを理由に解任された。
ダザック氏と武漢ウイルス研究所との付き合いは11年に及ぶとされており、ダザック氏が米国国立衛生研究所(NIH)から受けた助成金のうち、少なくとも60万ドルが2015年から20年にかけて武漢ウイルス研究所に流れている。ダザック氏は、WHO武漢現地調査団のメンバーとして唯一中国への入国が認められた米国人であり、WHOが「研究所流出説はあり得ない」と結論付けるのに主導的な役割を果たしたといわれている。
中国政府高官が亡命との報道
筆者は以下の経緯で新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所でつくられたと考えている。
(1)武漢ウイルス研究所の研究員は、2012年から15年にかけて雲南省の鉱山に生息するコウモリを調査し、293種類のコロナウイルスを発見した
(2)武漢ウイルス研究所でコウモリのコロナウイルス研究を主導していた石正麗博士たちは、16年に新型コロナウイルスと遺伝子配列が96.2%共通するRaTG13ウイルスをコウモリの体内から発見した
(3)武漢ウイルス研究所では17年、石氏らが多国籍の科学者チーム(15人)を結成し、RaTG13ウイルスから新型コロナウイルスをつくりだした(石氏は17年に「人間に伝染する恐れのあるコウモリのコロナウイルスの変異種をつくった」とする論文を発表している)
米紙ニューヨーク・タイムズは14日、「武漢ウイルス研究所の石氏は自らにかけられている疑惑を一蹴した」と報じた。17年の論文について石氏は「自分の実験はウイルスの危険性を高めようとしたものではない」としているが、石氏が主張する「種を超えてのウイルスの伝搬を理解する実験」のことを、ウイルスの感染性などを増強させる危険な実験に該当すると考えている研究者は少なくない。
注目すべきは監督官庁である米厚生省が15日、NIHによる研究助成プログラムの運用のあり方を調査する方針を明らかにしたことである。これによりエコヘルス・アライアンスから武漢ウイルス研究所に渡った連邦助成金の研究内容が明らかになることだろう。
残る謎は「どのような形で新型コロナウイルスが研究所から流出したかだ」と思われていた矢先の6月18日、香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは「中国国家安全部(スパイ組織)のナンバー2が今年2月、娘とともに『新型コロナウイルスが武漢ウイルス研究所から流出した』ことを裏付ける情報を携えて米国に亡命した」と伝えた。3月中旬にアラスカで行われた米中外交トップ会談で中国側はこの人物の送還を求めたが、米国防総省情報局(DIA)に身を寄せていたため、米国側はその存在を知らなかったという。
この人物が持ち込んだ情報のせいかどうかはわからないが、その後、バイデン政権の対応が大きく変わったのはすでに述べたとおりである。この人物が習近平国家主席の側近であることから、「中国国内で習氏への責任追及の声が上がり、共産党政権は一夜のうちに崩壊する可能性がある」と危惧する声もある。中国共産党は7月1日の結党100周年という大きな節目を無事迎えられるのだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)