中国の巨大IT企業が勢ぞろいする「ビックデータ博覧会」が5月26日に開幕した。米国との貿易交渉を担う劉鶴副首相は開幕式にオンラインで参加し、「デジタル経済は中国の質の高い発展の新たな牽引役である」と賛辞を送ったが、アリババやテンセントなど巨大IT企業関係者の思いは複雑だっただろう。
習近平指導部による独占禁止法などの法規制の強化により、このところ中国の巨大IT企業の創業者の退任が相次いでいる。最初に締め付けを受けたアリババをはじめ、テンセントなど主要10社合計の株式時価総額は今年2月のピークから90兆円近く(3割弱)も減少した(5月26日付日本経済新聞)。「中国のITイノベーションの時代は終わった」と悲観する声も聞こえ始めている。
IT業界にとって習近平指導部は「目の上のたんこぶ」以上の目障りな存在になっているが、そのなかで経済政策の立案を策定しているのは劉氏であり、上司である李克強首相を凌ぐ存在となっている印象が強い。
劉氏は1952年北京で生まれ、北京101中学在学中は習近平氏と同窓だった。1976年に共産党に入党し、1995年に米国に留学した(ハーバード大学ケネディースクールで公共経営修士を取得)。2011年から国務院発展研究センター副所長を務めていたが、2013年に習氏が国家主席に就任すると経済政策のブレーンとしてマクロ政策の取りまとめを担う重責を任された。2018年には国務院副総理に抜擢されると、米国留学の経験を買われ、当時の米トランプ政権との間の貿易交渉の責任者になったことで一躍「時の人」となった。
劉氏に期待されているのは、過去40年にわたり中国の成長を牽引してきた負債に依存した投資と輸出重視の経済から持続可能な成長への円滑な転換である。極めて困難な課題であり、既得権益層から反発を買ってしまう損な役回りである。
そのせいだろうか、5月に入り劉氏に不利な報道が相次いでいる。5月12日付ダウ・ジョーンズは「中国は米国との通商交渉担当トップを劉氏から交代するか検討している」と報じた。19日付フィナンシャル・タイムズは劉氏の息子に関するスキャンダルをすっぱ抜いた。一連の規制強化などに反発する中国国内の勢力からのリークだろうが、来年70歳となり政界を引退するとされる劉氏へのダメージは小さいとされている。
不動産業界にメス
金融安定発展委員会主任を兼任する劉氏は、規制を強化する必要がある資産としてビットコインを挙げたことで、仮想通貨の価値を急落させた張本人でもある。急成長したことを過信して政府の意向に反する行動を取りだし始めたIT業界にお灸を据えることに成功した劉氏の次なるターゲットは、長年の宿痾ともいえる不動産業界にメスを入れることである。
政府は不動産バブルを抑制するため資金の流れを管理し始めている。4月の中国の新規銀行融資は予想以上に減少したが、規制の対象外である国有企業が不動産投資を激増させてしまったことから、不動産ブームに歯止めがかからない状態が続いている。
中国政府が長年の不動産ブームにストップをかけようとしている背景には、少子化が急速に進んでいることが挙げられる。中国の大都市に住む18歳から44歳までの年齢層の3割が「家賃やローンの支払いが月収の40%以上を占める」と回答しており、政府が「一人っ子政策」を廃止したとしても、出生数が増える状況にない。人口減少という建国以来最大の危機を回避するため、不動産価格を抑制することが至上命題となっている。
中国の社債市場は近年、不動産開発企業の発行を中心に急拡大しており、大量の債務償還の時期が迫ってきている。今後1年間に満期を迎える社債は総額1兆3000億ドルに達するが、昨年以来デフォルトが相次ぎ、市場に動揺が広がりつつある。
中国華融資産管理への政府の対応
重苦しい空気の中で関係者が注目しているのは、信用不安が高まる不良債権処理会社である中国華融資産管理への政府の対応である。華融資産管理は政府が6割の株式を保有する中国最大規模の不良債権処理会社だが、解任され死刑判決を受けた前会長の乱脈経営により危機的な状況に陥っている。
市場関係者が心配しているのは、国有企業でありながら政府が明確な方針を明らかにしないからである。「華融資産管理が社債市場から借り入れた約410億ドルの債務をどのように返していくのか」「救済かデフォルト容認か」との憶測が飛び交っているが、政府は不動産バブルの暴走が激化する措置は採りたくないものの、デフォルトにより金融危機が発生することも回避したいというジレンマに苛まれている。
華融資産管理に関与する政府機関の多さ(財政部、銀行保険監督管理委員会、人民銀行など)の多さが問題を一層複雑にしているとの指摘もある(4月28日付ブルームバーグ)。
過大な債務に苦しむ中国の金融システムの今後を占う試金石ともいえる事案について、「命運を握るのはやはり劉氏だ」との観測がある(5月6日付ブルームバーグ)。劉氏は「デフォルトに陥る国有企業増加の容認はまさに中国が必要としていることだ」と考えているといわれている。5月18日付ニューヨーク・タイムズは「政府は国内外の債券保有者に大きな損失を強いる再編を計画している」と報じた。
一向に収まる気配を見せない不動産バブルに業を煮やした習近平指導部は、「不動産をめぐる問題に不備がある」として、4月下旬に広東省深センの市長ら幹部を一斉に交代させるという前代未聞の強硬措置を発動した。その深セン市で18日、地震が発生していないのにもかかわらず超高層ビルが突然揺れ出すという珍事が発生したが、不動産バブルという名の砂上の楼閣、現在の中国経済を象徴しているように思えてならない。
(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)