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藤和彦「日本と世界の先を読む」

中国、世界最大規模のダム建設…氷河崩落で下流域のインドで重大な被害発生の懸念

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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ブラマプトラ川(「Getty Images」より)

 主要7カ国首脳会議(G7サミット)は6月13日、増大する中国の影響力に対抗していくことや、気候変動対策、途上国への新型コロナウイルスワクチンの供給拡大、景気刺激策の継続を約束して閉幕した。英国南西部コーンワルで開かれた今年のサミットでは、G7諸国以外にもいくつかの国々が「ゲスト国」として招待されたが、本コラムでは唯一参加を辞退したインドをめぐる最新の情勢について述べてみたい。

 インド外務省は5月11日、国内の新型コロナウイルスの感染拡大を理由にモディ首相がサミットへの参加を見送ったことを明らかにした。「モディ首相が過去2カ月間に大規模な宗教行事を認め、大規模な選挙集会を開いたことが感染拡大の原因だ」との批判が高まっていたからである。

 6月に入り、1日当たりの感染者数が10万人を下回り(ピーク時は40万人超)、首都ニューデリーで商業施設の営業が再開されるなど事態は改善しつつあるが、コロナ禍のインドで中国への反発が高まっている。SNS上で新型コロナに関するさまざまなデマが拡散されており、中でも猛威を振るっているのは「5G通信のテスト中に基地局から出た電磁波が感染爆発を引き起こした」(5月13日付ニューズウィーク)という陰謀論だが、インドの5G事業の中核を担っていたのはファーウェイなどの中国企業である(インド政府は5月上旬、国内の5G事業から中国企業を排除する決定を行った)。

 インドと中国との関係は、国境をめぐる紛争により昨年から急速に悪化している。今年2月に一部地域からの引き揚げで合意したものの、その後の撤退交渉は停滞している中、「ザ・デイプロマット」(アジア太平洋地域の政治・安全保障問題を専門に扱うオンライン雑誌)は6月2日、「気候変動がインドと中国の対立を激化させる」と題する物騒な内容の報告書を公表した。米ウッドウェル気候研究センターが安全保障の専門家とともに「2040までに起きる気候変動がインドと中国との関係に及ぼす影響」を予測しているが、本報告書が最も懸念しているのは、中国のチベット自治区からバングラデシュを経てインドに流れるブラマプトラ川をめぐる争いである。

ブラマプトラ川上流でダム建設

 ブラマプトラ川流域のインド北東部は、例年のように数百万人が洪水の被害に遭っている。地球温暖化によりその被害がさらに巨大化することが危惧されているが、こうした危険を増幅させかねないのが、中国がブラマプトラ川上流で推進している巨大なダム建設プロジェクトである。ブラマプトラ川は中国ではヤルンツアンポ川と呼ばれているが、中国がこの川に建設する水力発電所の規模は年間3000億kWhになると見込まれている。世界最大の水力発電所である三峡ダムの発電量の約3倍という、とてつもない数字だが、下流に位置するインド側は「これにより大損害を被るのではないか」と気が気でない。

 今年2月ヒマラヤ山脈の麓のインド・ウッタカランド州で、作業中の従業員がナンダ・デヴィ氷河の溶融水による急流に飲み込まれて多数死亡するという事故が発生したが、その原因は水力発電所建設に伴う揺れが原因であるとされている。

 2019年の調査によれば、ヒマラヤの氷河は今世紀に入ってから、それまでの25年間に比べて2倍の速さで解けていることが明らかになっており、気候変動による氷河の融解による大規模な地滑りがこのところ相次いでいる。衛星写真の分析によれば、ヒマラヤ地域に存在する氷河は全部で3624あり、そのうち47は非常に危険であることがわかったという。このような状況下で中国が上流で大規模な水力発電建設を進めれば「ヒマラヤ山脈の氷河が崩落して下流域のインドなどで重大な被害が出る可能性がある」と専門家は警告している。

 現在のように中国に対する信頼が崩れた状態で、インド領内で洪水が頻繁に起きれば、事実かどうかには関係なく、インド側は「中国のせいでインドに多大な損害が出た」として猛反発する可能性が高い。

ヒマラヤのラダック地域での国境紛争

 インド側の憂慮はブラマプトラ川だけではない。中国はパキスタンと協力してインダス川にもダムを建設している。インダス川はチベット高原からインド・カシミール地方を通りパキスタンに流れている。ダム建設は中国政府が推し進める「一帯一路プロジェクト」の一環であり、インドの反発にもかかわらず、ダム建設は進められるとされている。

 専門家は「上流地域にある中国が先に立ち上がり、包括的な河川管理協定をインドとの間で結ばなければならない」と助言しているが、中国はメコン川流域の水力発電プロジェクトで東南アジア諸国と摩擦を起こした前歴がある。残念ながら今の中国にそれができるとはとうてい思えない。

 ダム問題以外にもインドと中国の対立を激化させる火種がある。インドと中国は現在、ヒマラヤのラダック地域での国境紛争を引き起こしているが、温暖化の影響でこの地域特有の「寒さ」が緩むことが予想されている。そうなればより多くの兵力をこの地域に投入できることになり、これまでよりもはるかに大規模の衝突が発生する事態となるだろう。

 米科学誌「ネイチャー」は2019年に「地球の気温が産業革命以前の水準を2度上回れば世界の武力紛争リスクは13%増加し、4度上昇すればそのリスクは26%に高まる可能性がある」とする論文を掲載したが、核保有国であるインドと中国の武力紛争リスクを最も警戒すべきではないだろうか。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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