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江川紹子の「事件ウオッチ」第194回

江川紹子が斬る【森友裁判強制終結】…国の「認諾」は真相解明逃れであり、非常に不道徳

文=江川紹子/ジャーナリスト
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2021年6月24日、いわゆる「赤木ファイル」の開示を受け、第三者委員会による再調査を求め、「私が今いちばん望むことは、なぜ夫が死に追い込まれなければならなかったのか、原因と経緯を明らかにすることです」などと会見で語った赤木雅子さん。(写真:つのだよしお/アフロ)

 学校法人「森友学園」への国有地売却を巡って、財務省の公文書改ざんに関与させられ、それを苦に自殺した近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻が、国と佐川宣寿・元理財局長に約1億700万円の損害賠償を求めた訴訟で、国が突然原告の請求を全面的に認める「認諾」の手続を行い、裁判を終結させた。請求額が1億円を超える高額の国賠訴訟で、国が認諾した例は聞いたことがない。国が税金を使って真相解明の努力を封じる、極めて異常でゆゆしき事態といえる。

国はなぜ「認諾」に踏み切ったのか

 赤木さんの妻・雅子さんがこの裁判を起こしたのは、2020年3月。原告側は訴状で、一連の改ざんは、「私や妻が関係していれば首相も国会議員も辞める」とする安倍晋三首相(当時)の国会答弁を受けて佐川氏が発案し、改ざんの指示を行ったと主張。雅子さんは、「私が求めるのは佐川さんたちに『誰かを忖度せず、真実をありのまま法廷で話してほしい』ということ」と述べ、裁判を通じて、夫が死に追い込まれた真相解明を求めていた。

 これに対し国は当初、赤木さんに改ざん作業を強いたことを認める一方、自殺との因果関係については明確にせず、賠償については請求棄却を求めた。佐川氏は、国家賠償法では公務員個人の職務上の行為は国が賠償責任を負うとして、自身に対する請求は退けるよう主張している。

 真相解明を求める妻に対し、これまで国は一貫して後ろ向きの姿勢を続けてきた。

 たとえば裁判のなかで妻側が、改ざんの詳細な経緯を記した「赤木ファイル」の提出を求めたのに対し、国側は1年以上にわたって、その存否すら回答しなかった。

 地裁の要請を受け、国は2021年6月になって、ようやくファイルを開示した。全518ページのこのファイルには、佐川氏の「直接指示」を伝えるメールや改ざん前後の決裁文書など、改ざんの過程がわかる資料がとじられ、赤木さんが改ざんに抗議した状況も書かれていた。

 これを踏まえて、妻側が政府に事実関係の再調査を求めても、拒否。また、妻が公務災害認定に関する文書の開示を求めた際も、国はなかなか応じず、やはり裁判になっている。

 国賠訴訟では、妻側が今後、改ざんを指示した上司らの証人尋問を裁判所に請求する予定だった、という。民事裁判でも、証人は尋問の前に宣誓を行い、ウソをつけば偽証罪の制裁もある。そのような場で、元職を含めた公務員が証言を求められ、改ざんにいたる詳細な経緯、とりわけ安倍首相の国会答弁との関係などを問われる事態を避けたい、というのが、「認諾」に踏み切った理由だろう。

 国が損害賠償を求められた裁判で「認諾」するのは極めてまれだが、まったく例がないわけではない。

札束を積んで裁判を終わらるのは、真相解明を司法の場にかけた原告の努力を無に帰す

 その数少ない前例のひとつが、大阪地検特捜部による郵便不正事件の不正な捜査によって冤罪に巻き込まれた村木厚子さんが、国や当時の地検幹部らに合計約4100万円の支払いを求めた国家賠償訴訟だ。

 この事件では、主任検事による証拠改ざんや地検幹部による隠蔽が明らかとなり、主任検事のほか、当時の特捜部長、副部長が逮捕され、有罪判決を受けた。最高検は、捜査の問題点を検証した報告書を発表したが、村木さんは「事実と異なる一定のストーリーに沿った調書が大量に作成された過程が検証されていない」「(不正を行った)検察幹部を育ててきた組織の風土や文化の検証が不十分」などと批判。「こうした点の解明に、自ら訴訟でかかわっていくことを決めた」として、2010年12月に提訴に踏み切った。村木さんの代理人も、特捜部長らが事件に果たした役割など、真相解明を求めていく方針を明らかにしていた。

 裁判で国側は認否を留保し続け、提訴から10カ月後の2011年10月になって、村木さん側の請求のうち、逮捕・勾留による遺失利益や慰謝料など約3770万円について「認諾」した。大阪地検が捜査段階で、村木さんが事件に関与したとする関係者の供述内容を報道機関にリークしたとして、名誉毀損による慰謝料330万円については、国は請求棄却を求めて争った。

 冤罪事件の被害者が起こした国賠訴訟で、国が認諾するのは前代未聞。村木さん側は、認諾によって支払われる賠償金は税金であることから、「税金で議論を封じ込めるのは納得がいかない」「裁判を通して少しでも真相が明らかになることを期待していたのに驚いている」などと残念がった。村木さんはその後、「お金を受け取ることは本意ではない」として、受け取った賠償金から弁護士費用を除いた全額を社会福祉法人に寄付している。

 また、日米地位協定について協議した「日米合同委員会」の議事録を不開示としたのは違法として、NPO法人「情報公開クリアリングハウス」が110万円の支払いを求めた国賠訴訟でも、国は2019年6月、「認諾」で唐突に裁判を終わらせている。

 この裁判で、国は「アメリカ政府も公開に同意しないと伝えてきた」と主張していたが、メールを証拠として提出することは拒否。そこで裁判所が、原告のNPO法人には見せず、裁判官だけで内容を確認する「インカメラ審理」を決めた。ところが、国は裁判所の決定に従わず、3カ月後の提出期限を過ぎても、メールを出さなかった。そして、その後の弁論準備手続において、突然「認諾する」として賠償金を支払った。

 NPO法人の三木由希子理事長はメディアの取材に対し、「国はメールの内容を知られたくないために、賠償金支払いに応じた」と批判している。実際は、そのようなメールは存在しないか、国がメールの趣旨を違えて主張していた可能性も考えられる。いずれにしても、知られたくない事実が明らかになるのを避けるための「認諾」だろう。

 札束を積んで力ずくで裁判を終わらせてしまうのは、真相解明を司法の場にかけた原告(国民)の努力を無にするものだ。

国側が知られたくない事実を明らかにされるのを避けるために税金が使われているのではないか

 赤木雅子さんは、国が裁判の認諾を明らかにする2カ月あまり前、記者会見で岸田文雄首相に宛てて直筆の手紙を送ったことを明らかにした。岸田氏が「特技は人の話をしっかり聞くこと」と述べたことに触れ、「私の声も届くはずだし、聞いてくださるという感覚がある」と期待を寄せていた。

 それだけに、今回の認諾には、失望と裏切られた怒りが大きいだろう。記者会見やメディアのインタビューでは、いつも穏やかな語り口が印象的な雅子さんが、国の対応を「不意打ちでひきょうだ」「ふざけるなと思った」と強い言葉で非難した。

 組織を挙げての公文書改ざんがどのような経緯でなされたのか、国が再調査を拒んでいる以上、裁判で詳細が明らかにされることを期待していた国民も少なくない。その期待もまた、裏切られることになった。

 しかも、支払われる賠償金は、いずれも国民の税金が原資だ。国の違法を認め、原告の真相解明の求めに誠実に応える趣旨であれば、訴訟の負担から早く原告を解放する「認諾」にも意味はある。しかし、すでに挙げたケースはいずれも、そうした趣旨ではなく、国側が知られたくない事実を明らかにされるのを避けるために税金が使われているのが実態ではないか。

 特に、今回の赤木さんの死を巡る国賠訴訟は、請求額が1億7000万円と高額だ。にもかかわらず、事実経緯が明らかにされたうえで、原告が求めた金額が適切であるか裁判所が判断をするプロセスが、まるで奪われてしまった。司法をも愚弄する行為だろう。

 森友問題は、国有地という国民の財産が、一学校法人に格安で払い下げられたのではないか、という疑惑で始まった。国民の財産を適切に管理すべき財務省の不明朗な対応が発端である。国は、この問題から何も教訓を学んでいないのではないか。

 実に不道徳で恥ずべき対応といわざるを得ない。

 このような対応を避けようとすれば、国がとうてい認諾できないような金額を請求するしかなくなる。たとえば、赤木さんのケースで、請求金額が50億円という法外な額であれば、さすがに国も認諾はできなかったろう。

 しかし、裁判を起こす時には手数料がかかる。その金額は、請求額が大きいほど高くなる。1000万円なら5万円で済むが、1億円であれば32万円。10億円だと302万円となり、50億円となると1102万円も必要だ。これは、とても個人で負担できる額ではない。赤木さんの妻のように、すでに大きなダメージを受けている者が、さらに大きな負担をしなければ真相解明のための裁判も起こせない、というのでは、いくらなんでも正義に反するのではないか。

 訴訟の当事者から国は降りてしまったが、佐川氏を被告とする裁判は継続する。また、ほかにも文書開示を巡る国を相手にした裁判がある。こうした訴訟において、裁判所はできる限り関係者の証人尋問を行い、真相解明に努めてほしい。それが、今後同じような真相解明逃れの「認諾」を防ぐ道でもあると思う。

 国が、国民の金を使って、裁判から逃れようという不埒な行為を、司法は許してはならない。

(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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