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藤和彦「日本と世界の先を読む」

ガソリン価格、高騰の兆候…中東の地政学的リスク高まる、世界の「石油離れ」に拍車か

文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー
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オーストリア・ウィーンにあるOPECの本部(「Wikipedia」より)

 原油市場を強気ムードが支配し始めている。米WTI原油先物価格は6月7日に一時1バレル=70ドル台に達した。2年7カ月ぶりの高値である。米国で新型コロナウイルスのワクチン接種が進み、今年の夏は旅行を楽しむ人が増加してガソリン需要が増えるとの見方が広がっているからである。OPECとロシアなどの大産油国からなるOPECプラスが、協調減産の縮小を急がない方針を維持していることも「買い」を促している。

 ロシアのノバク副首相が5月26日、「世界の原油市場は現在日量100万バレルの供給不足が生じている」との見方を示していたが、OPECプラスは6月1日の閣僚会合で、協調減産を7月まで段階的に縮小する路線を再確認した。OPECプラスは4月、協調減産幅を5月と6月にそれぞれ日量35万バレル、7月は44.1万バレル縮小することで合意している。サウジアラビアの独自減産の縮小分と合わせて6月の減産幅は日量620万バレルとなる。コロナ禍で原油需要が急減した昨年半ばには、世界の原油供給の1割に当たる970万バレルの大幅減産に踏み切っていた。

 OPECプラスは「次回の閣僚会合は7月1日に行う」と述べたものの、8月以降の方針を明らかにしなかった。OPECプラスにとって悩みの種はイラン産原油の世界市場への復帰である。イランは核合意復帰に向けた交渉を精力的に進めており、米国による制裁が解除されれば、今年8月に日量100~200万バレルのイラン産原油が世界市場に戻ってくるとの観測がある。世界の原油市場は再び供給過剰になるリスクがあることから、OPECプラスは8月以降の方針が立てられないでいるのである。

 OPECプラスが逡巡する姿勢を見せていることから、市場では「今後供給不足が進み、原油価格は年央にかけて1バレル=70ドルを大きく上回る」との見方が強まっている。OPECプラスの閣僚会合終了後にロシアのノバク副首相は「国際エネルギー機関(IEA)が最近発表した報告書のせいで、原油価格は1バレル=200ドルにまで高騰する懸念が生じている」とする異例のコメントを出した。

 IEAは5月18日、2050年までに世界の温暖化ガス排出量を実質ゼロにするための工程表を公表した。その主な内容は(1)化石燃料関連の新規投資の決定を今年中に停止する、(2)2035年までにガソリン車の新車販売を停止する、(3)2040年までに石炭・石油発電所を廃止する、(4)2050年までにエネルギー供給に占める再生可能エネルギーの割合を約7割に引き上げる、などである。

IEAの思惑

 2050年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにすることは、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」が定める「産業革命からの気温上昇を1.5度以内に抑える」という目標と合致する。今年11月に英国で開かれる第26回国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP26)を前に、IEAとしては具体的な道筋を示すことで「温暖化対策に後ろ向き」との批判をかわす狙いがあったのだろう。

 原油需要についてもIEAは「2023年まで新型コロナウイルスのパンデミック以前の水準に戻らない」との見方を今年3月に示していたが、最近になって「今後1年で世界の原油需要は回復する可能性がある」と修正している。

 そもそもIEAは、1973年の第1次石油危機を契機に米国のキッシンジャー国務長官(当時)の提唱により、石油危機を再発させないことを目的として1974年に設立された国際機関である。IEAは2010年代後半に「原油開発への投資の減少から2020年代初めに深刻な供給不足が生じ、原油価格は急上昇するリスクがある」と警告していたが、今年中に新規投資を停止すれば、原油価格の高騰は現実のものになってしまうのではないだろうか。

 IEAのレポート発表後、欧米の石油メジャーに対する「脱炭素」の圧力が強まっている。米国ではエクソンモービルでは「物言う株主」が推薦した環境派3人が取締役に選任された。オランダでは裁判所が英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルに対して温暖化ガスの大幅削減を求める判決を下した。

バブル景気にとって大打撃の可能性も

 石油メジャーが窮地に陥るなかで漁夫の利を得ているとされるOPECプラスだが、「価格が高騰すれば石油離れが加速しかねない」との恐怖が頭をよぎる。ワクチン接種が進み経済が急回復しつつある米国のガソリン価格は、1ガロン当たり3ドルを超え2014年10月以来の高値圏にある。ガソリンを運ぶタンクローリーの運転手不足がインフラ施設の老朽化から、価格はさらに上昇する可能性がある。

 原油価格が上昇しても、米国の原油生産量はコロナ禍以前よりも200万バレル以上減少した状態が続いており、掘削活動も半分の水準にとどまっている。米国の原油市場がタイト化する状況下で、中東地域で地政学リスクが高まる事案が発生すれば、原油価格は1バレル=200ドル超えはないものの、100ドル超えとなる可能性は十分にある。経済協力開発機構(OECD)は6月2日、「加盟国の4月のインフレ率が2008年以降で最高の水準に達した」ことを明らかにしたが、原油価格までもが高騰することになれば、コロナ禍で生じたバブル景気にとって大打撃になるだろう。

 2008年7月にWTI原油価格が最高値(1バレル=147ドル)を付けた2カ月後にリーマンショックが起きた。再び同じことが起こるかどうかはわからないが、原油価格の動向には要注意である。

(文=藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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