読売新聞は9月30日、社会部の元記者について、取材で得た情報を他社の記者らに繰り返し漏らしていたとして懲戒解雇の処分にすると発表した。
読売新聞によると、東京本社社会部の司法担当の30代男性記者(当時)が去年8月から12月にかけて、週刊誌の女性記者ら3人に対して合わせて11回にわたり、自身や同僚記者が取材で得た情報などを漏らしたという。
男性記者が漏らしたとされる情報は、検察庁内部のセクハラ疑惑や東京地検が手掛ける事件捜査の見通しなどに関する“記者メモ”だったという。読売新聞は30日、この男性記者を懲戒解雇処分にすると発表した。
「読売新聞がこの記者の実名まで報道したことは衝撃でした。犯罪に手を染めた訳ではない人物に対して、実名で報道するというのは異例の厳しい対応だといえるでしょう。懲戒解雇に実名報道という異例の厳しい処分に至った背景には、検察当局からの厳しい視線があったといわれています。事件発覚後、読売は検察ネタで情報が入りにくくなったと噂されていたからです」(全国紙社会部記者)
この読売新聞記者の情報漏洩問題は、とくに週刊誌業界では大きな話題となった。
「問題となった読売記者は東京本社社会部のA氏。東京地検特捜部などを担当していた。情報を漏らしていたのは、いずれも女性記者に対してで、それぞれ週刊誌記者とテレビ記者だった。A氏は妻帯者で、妻は地方局アナウンサー。問題は雑誌『ZAITEN』が読売新聞に取材をかけたことで、慌てた読売新聞が社内不祥事として公表した形になりました。
この件は春先から記者間では話題になっており、A氏がメモを渡したという週刊誌記者の勤務する雑誌に、検事総長秘書官の不祥事の記事が掲載された。実は読売のメモには事実誤認があり、それと同じ内容がそのまま週刊誌記事になっていたので、読売内では『メモが流出していた』と騒動になっていたようです」(週刊誌記者)。
A氏がメモを渡していたのは、週刊誌女性記者のB氏。2人は20年7月ごろに知り合い、その後に飲食する関係になっていた。A氏は漏洩理由について「女性記者によく思われたかった」と話しているという。
同事件について週刊誌界隈が騒然となったのは、「週刊誌は記者メモを入手している」という業界の“公然の秘密”が明らかになったからだ。
今回の事件にはセクハラという業界の根深い問題も存在しているが、その問題については別の機会に論じたい。本稿では週刊誌の情報管理という面から検証を進めたいと思う。
内閣情報調査室や政党本部にも流出?
まず「記者メモ」とは何か。新聞社内には数多くの記者がおり、彼らは日々取材活動を行い、メモ作成をしている。それを部署などで一括して集積したものが記者メモである。情報を共有することで取材精度をあげる等の目的があるとされている。新聞社の各記者は日々流れてくる大量の記者メモに毎日のように目を通しているのである。
この「記者メモ」を他社に流すことは、表向きは厳禁とされている。しかし前述したように週刊誌などは、この記者メモ極秘に入手していることが多々あるのだ。じつは記者メモの流出先は週刊誌だけとは限らない。内閣情報調査室、政党本部、政治家などにも記者メモは流出しているとされている。ある政治ジャーナリストは大量の記者メモを入手し、そのデータをもとに原稿を書いていたことで知られている。政治家も他派閥の動向を知るために、こっそり記者メモを入手していたりする。よくわからないが内調から某社の記者メモが流れてきた、なんて経験をした週刊誌記者もいるはずだ。新聞社やテレビ局の広い取材網から集積される情報には、それだけ大きなニーズがあるといえるだろう。
かつては週刊誌の定番として、『政治家のオフレコを発言スッパ抜く』という記事があった。例えば『小沢一郎、仰天オフレコ発言「菅をおろして鳩山由紀夫を代表にする」』(「週刊文春」<文藝春秋>/2004年1月22日号)のような記事である。筆者がこの記事を担当した訳ではないので推測ではあるが、オフレコ記事は政治家と新聞記者の間で開催されたオフレコ会談の記者メモが週刊誌に流出し、それを参考に記事にするというケースほとんどだ。
筆者も週刊誌記者時代は複数のメディアから記者メモをもらっていた。知人記者から記者メモの一覧を覗かせてもらったときに、あまりにもメモの量が膨大で新聞社の情報網に驚いたことを覚えている。政治部の記者メモであれば、番記者が集めてきたさまざまな政治家の生の言葉を読むことができる。社会部の記者メモは事件の内情や当局の動きをリアルに感じることができ、いずれもとても興味深かった。
メモをもらうときは「メモの厳重管理」と「引用注意」に留意するよう、記者メモを提供してくれた取材協力者からは必ず求められた。
記者メモを記事にするときは、文章をそのまま引き写さないということが必須とされている。語尾を変える、文章を入れ替える等の工夫をする。つまり記者メモのまま文章にしてしまうと、読む人が読めば“●●新聞のメモが流れている”ということがバレバレになってしまい犯人捜しが始まる。情報源を守るためにも出処先がわからない工夫を行う必要があるのだ。
特に今回の読売新聞のケースでも問題となったのが「引用注意」だった。読売問題では前述のように事実誤認の箇所をそのまま引用していたことから読売の記者メモ流出が判明したのだ。
「週刊誌が記事にした検察内のスキャンダルはA氏のネタではなく、他の記者の独自ネタでした。本来であれば、良心が咎めるようなネタの流し方ではありますよね。だが一方で、読売記者が解雇されるに至り週刊誌側が『ネタ元を守れなかった』という点を問題視する人も多くいました。週刊誌側が安易に記者メモを使用してしまった、危機管理が甘すぎたということもできるでしょう」(別の社会部記者)
「情報源の秘匿」という使命
そうしたなかで週刊誌側から検証をすると、記者メモ入手というグレーなやり取りをするなかで、編集部が『情報源の秘匿』を守れなかったということは反省すべき点の一つだったとはいえるだろう。実は筆者のもとに、いちばん多く問い合わせがきたのも「情報源を守れなかったことをどう思うか」というものだった。
よく週刊誌記者は「記者メモを入手すること“だけ”が取材ではないからな」と諫められる。記者メモに対する基本的なスタンスは、週刊誌記者は記者メモでは言及されていないようなスクープを独自に狙うというもの。記者メモはあくまで“押さえ”として持っておくべきものなのだ。
一方で今回のケースのようにメモ自体がスクープである場合は、いかに情報源秘匿を守ることができるのかを考えながら記事にすることが必須となる。他編集部の取材方針に口を挟むことは筆者の本意ではないが、あえて考察を加えるとするならば、例えば裏取り取材を行うとともに、読売の記者メモだと悟られないようにブラフの取材を行ったり、情報の出元を悟られないような書き方を工夫することなどが編集部側には必要だったといえるのではないか。
情報源がバレることは週刊誌にとって死活問題である。バレてしまえば次の情報が入らなくなるばかりではなく、今回のようにネタ元がクビになるということもあり得る。「この記事を書いて、ネタ元にどのようなリスクがあるのか?」は常にケアしなければいけない問題なのだ。
数ある新聞社のなかでも読売新聞の記者メモは入手しにくいことで有名だ。読売新聞の社の方針として、自社記者と週刊誌記者が付き合うことに非常に強い警戒心を持っている。私も親しい読売記者に「私が週刊誌記者と会っていることは絶対に口外しないでください」と釘を刺されたことがあるほどだ。
今回の問題については昨年、読売内では社内調査が行われており、問題の一部が明らかになっていた。情報漏洩先に週刊誌が存在したことは読売的にはあってはならないことだったはずだ。その後、A記者は検察担当から外されて「読売中高生新聞」に異動、さらに懲戒解雇になるという厳しい処遇を受けた。必要以上に厳しいと思われる処分になったのも、読売新聞の“週刊誌嫌い”も一因だったと思われる。
公然の秘密だった記者メモ入手問題が明るみに出たことは、週刊誌的にも都合の悪いことだった。実際に「これからやりにくくなる」(現役・週刊誌記者)という声も聞こえてくる。
だが、週刊誌側も自戒しなければならないと筆者は考える。週刊誌の情報取り扱いが、時代を経て徐々にルーズになってきた側面があることは否めないからだ。今回のケースでは読売記者が女性週刊誌記者にセクハラまがいの行為を行っていたという否があると同時に、週刊誌側にも“情報源がバレてしまった”という大きな失点があった。筆者のもとに「情報源を守れなかったことをどう思うか」という問い合わせが多数届いたのも、記者にとっては「情報源の秘匿」は守るべき大きな使命の一つとなっているからである。
読売事件は週刊誌記者にさまざまな教訓を与えた事件であったともいえるだろう。