北海道旭川市の市立北星中学校2年の廣瀬爽彩さん(当時14)が今年3月23日、同市内の永山中央公園で凍死の状態で発見された。一部報道で2年以上前から、上級生グループの男女から凄惨ないじめを受けていたことが明らかにされ、注目を集めた。
しかしその後、在京キー局や全国紙などの後追い報道は少なく、同市がいじめの有無を調査するために設置した第三者委員会の答申のめども立っていない。市教委からのいじめに関する明確な説明もなく、遺体発見に至るまでに廣瀬さんの身に起こった様々な事案についての北海道警察本部の発表もない。市や道警の“公式発表”がない中、今月18日には遺族の代理人が会見を開き、母親の手記を公開した。次のようにその思いをつづっていた。
「第三者委員会には今も違和感と疑問をぬぐい去れません。公平で中立な調査が行われているのか、誰が、どんな調査をして、本当に真実に迫ろうとしているのか。調査の進捗に関する情報が極端に少なく、調査委員会の動きを、どう評価すれば良いのか、いまだ戸惑っています」
インターネット上では今も大量の真偽不明の情報が乱れ飛んでいる。いじめの当事者ではない人物の名前がさらされた上で、誹謗中傷を受ける事例も多発し、当人だけではなくその家族にも影響が及んでいるようだ。
そんななか、玉石混交の情報の真偽を確かめるべく、精力的に現地で事件を取材し続けている元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏が、自身の取材結果を公式YouTubeチャンネル「小川泰平の事件考察室」にまとめた動画『旭川女子中学生事件』が大きな反響を呼んでいる。
小川氏は動画で事件の全容解明のため、当事者の少年少女、担任の女性教員、一連の事件で廣瀬さんを目撃したことがある人へむけて情報提供を強く呼びかけている。当編集部はこの動画を紹介するとともに、この事件をどう見るべきか、あらためて小川氏に聞いた。
被害者は行方不明になって1ケ月後、凍死状態で発見された
動画は8月26日までに計10本があげられている(下記)。小川氏は6月と7月に旭川に出向き、北星中学校関係者、市教委、北海道警旭川方面本部などに取材を行った。
小川氏は語る。
「この事件の最大のポイントは、爽彩さんが遺体となって発見されるまでの間、学校や警察など大人が異変に気が付き、彼女の命を救うチャンスがあったということです。なぜ、大人たちは責任をもってそのチャンスを生かすことができなかったのか。それがこの取材の趣旨です。犯人捜しをすることが本意ではありません」
当編集部が今年4月19日に公表した記事『旭川・中学生いじめ自殺、校長の“おざなりな対応”露呈…市教委・警察は「いじめ」認識』でも取り上げた通り、地元月刊誌の月刊誌「メディアあさひかわ」が2019年9月、同年6月に爽彩さんが同市内のウッペツ川に加害者に囲まれた状態で川に飛び込んだ事案を報じ、この問題は地元では広く知られることになった。
前述の「メディアあさひかわ」の一連の報道によると、当時中学1年だった爽彩さんは上級生グループの男女から不適切な動画や画像の撮影を強要され、SNSで拡散されるなどのイジメを受けていたとみられる。爽彩さんが川に飛び込んだ際、道警旭川東署は臨場していて、現場にいた少年少女のスマホの当該画像や動画を削除し、学校側に対処を要請したという。
しかし、学校側は“いじめの存在”を認めず、爽彩さんを含む関係する児童生徒に対し適切な対応を行わなかったという。この事件ののち、爽彩さんは長期入院を余儀なくされ、同年9月には別の中学校へ転校したものの、引きこもりがちになってしまったのだという。
そして爽彩さんは今年2月13日、パーカー姿にバッグのみ持参という軽装のまま自宅を出て行方不明になり、3月23日、雪の積もった永山中央公園で亡くなっているのが発見された。複数の地元紙記者らによると、死因は「偶発性低体温症」で、目立った外傷や疾病起因の異常は見当たらず、「凍傷の所見もなかった」という。
一方、共同通信は今月20日、記事『死体検案書に誤った病名 凍死中2女子、服用薬から推測か』を配信。爽彩さんの死体検案書の「死亡の原因」欄に当時かかっていなかった精神疾患の病名が記入されていたことを報じた。「服用していた薬から推測した誤った病名を道警が医師に伝えたとみられる。遺族の指摘を受け、後に訂正された」という。爽彩さんの遺体の状況には未だ不明瞭な部分が残る。
小川氏は現地を訪れ、まず遺体発見現場となった永山中央公園やウッペツ川を取材。公表されていない同公園内の遺体発見場所を割り出して、爽彩さんに献花し、現場雑感を伝えた。
公園は広大で、爽彩さんの遺体発見場所やその発見時の様子に関してネット上でさまざまな憶測が流れていたが、小川氏は地道な裏付け取材でそうした風聞を一掃し、当時の状況を正確かつ克明にリポートしている。
校長「廣瀬さんってどなたですか?」
また小川氏は、学校と市教委が迅速に対応しなかった点や、事件発覚後の“隠蔽体質”に関しても調査した。当時の北星中の校長へも6月に直あたり取材を行った(詳細は小川氏の動画『旭川女子中学生事件④ 元校長を直撃!学校と市教委員の闇!』)。
小川氏によると、元校長は今年3月に同校を退職。しかし、その後の旭川市の北に位置する剣淵町教育委員会の学校指導員として再雇用されていたのだという。しかし、この再雇用に対して町内外から批判が殺到。今年5月10日に退職したという。
小川氏は元校長への直あたり取材を次のように振り返る。
「当初、元校長は自宅をリフォーム中で、自宅を不在にしている話を聞いていました。前日も不在で、この日は別件の取材をしていたのですが、ちょうど校長の自宅近くを通りかかったので、再度行ってみようと思いました。
真新しい戸建て住宅のインターフォンを押すと当人が応対してきました。そこで、爽彩さんに対するいじめの報告が校長まで上がっていたのかについて聞いたところ、『取材にはお答えできない』『第三者委員会の調査中ですので』という返答がかえってきました。そこで、最後に『亡くなられた廣瀬爽彩さんになにか一言ございませんか』と聞いたら、こう言ったのです。
『廣瀬さんってどなたですか』『あー、亡くなった子ですか』
さすがに私も『そんな言い方はないでしょう!先生のかわいい生徒さんじゃないんですか!』と声を荒げてしまいました。多くの方は教育委員会と学校は別のものだと考えているのかもしれませんが、実際はほぼ同一のコミュニティーと言ってよいと思います。校長を含めた学校と市教委の不可解な対応の背景にあるものは、なにか。調べてみました」
これほどの事件が発生しているのにも関わらず、元校長や事件発覚当時の教育委員会幹部は、一時的な退職を経て、教育関連職に再雇用されていた。
小川氏は地元教員などからの情報提供を受け、地元の旭川教育大の同窓会の「六陵会」が市内教員の人事権への影響を指摘している。六陵会には市幹部や市教委幹部をはじめ、末端の教員まで加入している。つまり、地方ならではコミュニティーに属すことができるかどうかで、「天下りができるのか」「校長になれるのか」といった教員の人生が左右されている可能性があるのだという。
一般論だが、こうした地方独特の互助組織の構成員は、自分が「天下り」をする時のため、上位者の不祥事を見てみないふりをする傾向がある。個人として「問題に取り組もうとしたこと」が、結果として上位者のキャリアに傷をつけることになるので、組織内での造反と取られるのだ。
小川氏は、爽彩さんに対する学校や市教委の対応の鈍さの背景に、こうした地方の“しがらみ”が少なからず影響したのでないかと見ている。では北海道警は、この事件をどう見ているのだろうか。
※後編に続く
(文・構成=編集部、協力=小川泰平/犯罪ジャーナリスト)